●四方田犬彦著『驢馬とスープ』/ポプラ社/2007年8月発行
何よりタイトルがいい。「ナントカの品格」とか「○○力」とか、その書名を見ただけで執筆者の底の浅さが推察されるような駄本とは、外面からして違うのだ。いうまでもないことだが、この書名には本書に通底している著者の姿勢や思いが象徴的にこめられている。だから、ここで野暮な要約を試みることは控えよう。 本書は、二〇〇四年から二〇〇七年にかけて牧野出版のウェブマガジンに連載されたコラムを中心に纏めたものである。内容は多岐にわたっている。世界各地(コソヴォ、ヤンゴン、ケベック、青島、タスマニア、ベイルート、ラサ、ソウル……)の滞在記をはじめ、映画、漫画、書物の批評、料理をめぐる文化論的思索からホリエモン騒動やセレブ娘誘拐事件に関するもの、高円宮殿下との交友をベースにした天皇制論まで、縦横無尽とはこのことだろう。 ミャンマーでみつけたタコ焼きを食べながら、プラトンの『饗宴』を想起し、戦前戦中の日本とミャンマーの関係にまで想像力を飛翔させる〈ミャンマーのタコ焼き〉。 「一人の映画監督の全体を見究めるためには、彼が実現できた作品とともに、実現できなかった作品のことを視野に入れなければいけない」との認識を示して、故人の果たせなかった映画企画に思いをはせる〈相米慎二の思い出〉。 「こういう言葉を不用意に使っている人間を目の当たりにすると、こいつ、頭、悪そうだなあと、即座に判断する3つの言葉」として「愛国心」「世間」「世代」を挙げ、そのうちの最後の言葉に的を絞ってファシズムへと議論を進める〈世代について〉。 ヘルツェゴビナの首都に設置されたブルース・リーの銅像と、現地の宗教事情を重ねあわせて論じた〈ブルース・リーとイエス〉。 タスマニアン・デヴィルをめぐりいかに無根拠なステレオタイプが形成されてきたかを振り返って秀逸な文化論となっている〈タスマニアの悪魔〉。 村上春樹の各国の翻訳者を伴ってオウム真理教の聖地を訪問した〈カミクイシキの思い出〉。 ロラン・バルトに仮託して、文章を書くことの意味や理由について考えようとする〈人はなぜ書くのか?〉。 ……とにかく四方田の旺盛な知的好奇心と行動力には毎度のことながら頭が下がる。いささか衒学趣味がのぞいたりしてイヤミに感じられる箇所もなくはないが、それ以上に面白さが勝っているのだから、つべこべ言うほどのこともないだろう。 短文の集成なので面白そうなページを拾い読みする、という読み方だっていい。内容充実の一冊である。
by syunpo
| 2008-05-02 10:22
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