●神野直彦、金子勝著『財政崩壊を食い止める』/岩波書店/2000年11月発行
昨今、政府与党内では「上げ潮派」と「財政再建派(財政タカ派)」による論戦が喧しくなってきた。前者(中川秀直、竹中平蔵など)は、増税以前に経済成長を促す政策を打つことによって租税収入の増加をはかってプライマリーバランスの健全化を目指し、後者(与謝野馨、谷垣禎一など)は、消費税増税など歳入面を見直して財政再建を重視するものである。 この対立を「小さな政府」か「大きな政府」かという国家ビジョンの相違に帰結させる高橋洋一(上げ潮派の元財務官僚)のような御立派な見立てもあるけれど、所詮は自民党(&その支持者)内の論戦であるから、有権者全体の考えを吸収しうる本質的な議題設定であろうはずもない。 本書の基本姿勢は、「上げ潮派」と「財政再建派」のような内輪の対立は無論のこと、「小さな政府か大きな政府か」というような旧態依然の対抗軸をあらかじめ無効化するものである。「あらかじめ」という語句を使ったのは、本書が二〇〇〇年、森喜朗政権時代に刊行されたものだからだ。 債務管理型国家。本書の主張は、この国家ビジョンに集約される。 日本政府の財政赤字はすでに「返済不可能」な領域に入っている。返済不可能である以上、景気回復が正夢となったところで財政再建など成るはずはないし、まして大規模な増税や経費削減で巨額の財政赤字解消を目論んでも、社会的大混乱を引き起こすこと必定である。 そこで主張されるのが、債務管理型国家の構想なのである。それは簡単にいえば以下のようなものだ。 これ以上、財政赤字を増やさないが、すぐには財政赤字も返さないという政策である。つまり一種の債務「凍結」に近い状態を作り出し、時期を限定せずに長時間で財政赤字を返済してゆくのだ。(p42) 著者の認識によれば、財政危機とは経済危機や社会危機の結果にすぎない。結果にすぎない財政の帳尻を、増税あるいは経費削減によって合わせたところで、経済危機や社会危機が激化してしまえば意味がない、ということになる。 財政が財政としての本来の役割を果たしながら、短兵急に債務も返済しない——その最も現実的で未来を輝かせる方策が債務管理型国家というわけだ。 そこでの政府のあり方は、中央政府・社会保障基金政府・地方政府の「三位一体」のものとなる。中央政府の権能を大前提にした「小さな/大きな政府」論争は、この分権によって大きな意味を失う。 まず、国の金融資産と金融負債とを一つの資産負債会計として独立させる。そのうえで、中央政府が、資産負債を管理していく。すなわち、いたずらな国債費の膨張を抑制しながら、期限を区切らず有利な条件の時に累積債務を減少させていくのである。債務管理型国家の中央政府に求められる行政課題とは、地方間の格差調整やグローバル経済に対応するためのグランドデザインを描くなどといった国際戦略的な機能に特化される。 そのうえで中央政府の権限を社会保障基金政府や地方政府に分権することが必須である。 有権者のニーズに合った無駄のない公共事業、教育・福祉政策を行なうためには、徹底した地方分権が必要であることは多くの論者が指摘していることであろう。 さらに本書では、社会保障と社会福祉分野については独立した行政機関を設置せよ、との大胆な政府体系の見直しを提唱する。分権化によって年金財政の透明化が促進され、社会保障基金の流用や濫用を厳しく監視することが可能になる。 こうした分権を実効ならしめるためには、当然、税制の抜本改革を必要とする。 地方所得税、地域福祉税の創設によって、事実上、所得税と消費税を国税から地方税に移譲する。それに加えて事業税を現在のような利潤に課税するのではなく、企業の生み出した付加価値に課税するように改める。つまり、事業税を外形標準化する。こうした改正によって地方財政の基盤を確立することが、債務管理国家型税制改革の重要な核となる。(p127) 本書の主張する構想については、もちろん、市場原理の優位性を信奉する論者からは批判もありえよう。しかし逆にいえば、昨今、財政があまりにも市場経済のアナロジーで語られすぎている点にこそ、著者たちは危惧の念を抱いているのだ。 自由市場においては、収入をはかってしかる後に支出をさだめる《量入制出》が基本原則だが、財政の原則は経費に応じて収入を加減する《量出制入》にある、とする財政学上のセオリーくらいは知ったうえで議論に参加したいものだ。 本書の刊行後、小泉政権下では国民の圧倒的な支持のもと「構造改革」が断行されたが、政府の財政構造に根本的なメスが入ったわけでは、もちろんない。むしろ、年金や医療制度など様々な分野で問題点がより顕在化してきている。 本書に示された構想は、今もなお精彩を失ってはいないのではないか。
by syunpo
| 2008-07-18 09:37
| 政治
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