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気ままな戯れとしての〜『人間を守る読書』

●四方田犬彦著『人間を守る読書』/文藝春秋/2007年9月発行

気ままな戯れとしての〜『人間を守る読書』_b0072887_1010991.jpg ブックレビューのブログでブックレビューの新書を紹介するというのも屋上屋を架すようなものでいささか気が引けるのだが、面白いので取り上げることにした。
 これは、四方田犬彦が「読みなおすに値すると思った本」をクロード・レヴィ=ストロースの「料理の三角形」に倣い「生のもの」「火を通したもの」「発酵したもの」の三つのカテゴリーに括って紹介したブックガイドである。さらに巻末に「読むことのアニマのための100冊」と題する簡潔なレビューが添えられている。

 「生のもの」で取り上げられているのは、若松孝二の『時効なし。』、重信房子の歌集『ジャスミンを銃口に』、ジョー・サッコや岡崎京子、岡田史子の漫画作品など多岐に渡っているのだが(これは続く二章でも同じ)、もう一つ注目されるのは、本来なら「火を通したもの」にでも分類されそうな思想家のエドワード・W・サイードとジャック・デリダが章の頭と結びに配置されている点だ。彼らのアクチュアリティに重きをおいて「生のもの」として推奨しているところに四方田の炯眼が存するというべきか。

 「火を通したもの」では、吉田健一や平岡正明らこれまでの四方田本ではおなじみの批評家に加え、笠原和夫『映画はヤクザなり』、山口猛『映画俳優 安藤昇』など著者の専門分野からやや意表をついたリストアップがなされていて興味深い。また岡田節人の『生物学の旅』を評して「ジャン・ルノワールの自伝を読み終えたときのような、ある爽快さを感じた」と表現するあたりがいかにも四方田的なのである。

 「発酵したもの」は、岩波文庫に収められているマルクス・アウレーリスの『自省録』で始まり、ダンテ『神曲』、クロード・レヴィ=ストロース『神話論理』などを吟味して、世阿弥の『風姿花伝』で締めくくられる。今橋理子の『江戸の動物画』と『手塚治虫のディズニー漫画』とを並べて論じるというのも他の著者にはちょっと思いつかない芸当だろう。

 全編を読み通してみて、世の中にはまだまだ自分の知らない書物がたくさん唸りをあげて書棚で待っていてくれるのだなぁ、という当たり前の事実をあらためて実感させられた次第。
 テレビでおなじみの某評論家が朝日新書から出した退屈な新書ブックガイドとは、モノが違います。

 書物を読むということは現実の体験なのです。体験の代替物ではありません。そしてそれ以上に、体験に枠組みと深さを与え、次なる体験へと導いてくれる何かなのです。(p15)
by syunpo | 2008-10-10 10:32 | 書評 | Comments(0)
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