●山口二郎著『若者のための政治マニュアル』/講談社/2008年11月発行
「生きづらい社会を変える最強の武器は、民主主義」——自民党政治の行き詰まりを指弾し政権交代の必要性を力説してきた政治学者がけれん味なく若者向けに十箇条の「ルール」を提示して積極的な政治参画をアピールした本である。 「生命を粗末にするな」に始まり、「自分が一番——もっとわがままになろう」「権利を使わない人は政治家からも無視される」「本当の敵を見つけよう、仲間内のいがみ合いをすいれば喜ぶやつが必ずいる」などなど、著者自身の政治理念をキャッチコピー風にまとめ、政治的スキルをわかりやすく説いていくという構成だ。 もっとも、ルール5として掲げられた「頭のよい政治家を信用するな」という箴言などは、言葉だけが一人歩きして議論の混乱を招くおそれがあるかもしれない。ここでいう「頭のよい政治家」とは「財源の裏付けもなしに大盤振る舞いの政策を打ち出すのは無責任だという風潮」を背景に「官僚と一緒になって、狭い範囲で政策を考える傾向のある」(p110)ような政治家をさす。早い話が「官僚的」な政治家一般をいったもので、そんな政治家を信用するな、というのだからメッセージ内容じたいは至極真っ当なものである。 正直なところ前半部分では些か退屈を覚えないでもなかったが、後半の小泉構造改革(とそれに追随した報道)の批判的検証などには著者ならではの鋭い切れ味が見られ、思わず膝を打った。 小泉政権が推進した「改革」とは、社会保障支出の抑制、地方自治体に対する地方交付税と公共事業費の削減、労働分野における規制緩和などであったが、これらは高齢者、過疎地の住民、非正規労働者など弱い立場の者に対する配分を減らす政策であった。その後、福田政権が誕生して自民党から地方再生や農業対策などが打ち出されると、多くのメディアでは「バラマキの復活」という否定的な論評がみられた。そこで山口は疑問を呈する。 強者への再分配が改革と賞賛され、弱者への再分配がバラマキと貶められることで、富のヒエラルヒーの差異が隠されているのである。(p170) その文脈で、飯尾潤の「行政依存人/経済自立人」という二分法的概念に対しても山口は批判を加えている。行政依存人とは、レント(補助金、税の減免、業界保護など政府から提供される利益)を享受している人々で、経済自立人とは、行政の保護とは無縁に経済活動で生計を立てている人々を意味する。 山口は、そもそも政策とは無縁の経済活動などこの社会にはありえず、一見経済的に自立しているようにみえる人々も政治家や政府と密接に関係をもって、自由市場という政策的不作為や規制緩和の恩恵を受けている、という。すなわち「行政依存人/経済自立人」という虚構の差異をつくりあげることによって「富のヒエラルヒーにおける垂直的差異を隠蔽することに役立つ」のである。 山口はこうして「本当の敵」を見定め、バラバラになった個人が共通の利害を認識しながら新たな連帯を作って政府に働きかけることを訴える。ただ、その方法論の一つとして部落解放同盟のような既存の中間団体に留保つきながらその指導的役割を依然として認めている点などは議論のわかれるところかもしれない。 いずれにせよ、山口の前向きな考え方が明快に集約された「政治マニュアル」には違いない。
by syunpo
| 2008-12-07 19:17
| 政治
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