2017年 03月 29日 ( 1 )

透明な膜が俺たちを包む〜『ビニール傘』

●岸政彦著『ビニール傘』/新潮社/2017年1月発行

b0072887_2036829.jpg『断片的なものの社会学』で話題を集めた社会学者の初の小説集。芥川賞の候補にもなった表題作に加えてもう一篇〈背中の月〉を収録している。鈴木育郎の撮った街の写真をふんだんに使って何とか一冊の本にしたという印象なきにしもあらずだが、ふだん小説を読まない人にも手にとってもらいやすい雰囲気をつくりだしているともいえるだろうか。

〈ビニール傘〉は大阪の片隅に住む若者たちの群像を複数の視点から描き出す。タクシー・ドライバーの男、ビルの清掃作業員、コンビニ店員、部品工場で働く派遣社員、解体屋の飯場で働く男……。視点が矢継ぎ早に切り換わっていくスタイルはやはり断片的ともいえる。が、読みすすむうちに彼らと交流のある女性は相互に関係しあい、あるいは人物そのものが重なっているかもしれないという図柄が浮かびあがってくる。あえて明瞭に描かない暈した書き方をしているのは最初から作者が意図したものであるだろう。

 沈滞する大阪を慈しむような岸の筆致には共感するし、大阪弁の会話も楽しい。困難な今を生きようとする若者たちのすがたにもある種のリアリティを感じることはできる。これが文学作品として傑作かと問われれば答えに困るかもしれないけれど、読者の想像力にゆだねる余地をいくつも残しているという点では当然のことながら『断片的なものの社会学』にもまして良い意味で文学的である。

〈背中の月〉は妻をなくした男の心象風景を描いていて表題作に比べるとシンプルな構成を採っている。全体的にやや感傷的な雰囲気が支配していて私はあまり好きになれなかったが、夫婦の何気ない会話などに作者一流のさりげないヒューモアやペーソスが宿っていて捨てがたい味わいがあることも確かだと思う。
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by syunpo | 2017-03-29 20:50 | 文学(小説・随筆) | Trackback | Comments(0)