2017年 04月 12日 ( 1 )

アナーキー!?な魅力に満ちた絵本〜『穴の本』

●ピーター・ニューエル著『穴の本』(高山宏訳)/亜紀書房/2016年4月発行

b0072887_18214158.jpg 絵本を開くと、文字どおりページの真ん中に穴があいている。トム・ポッツくんが銃をいじくって誤って発射してしまい飛び出したたまがあけた穴。たまはだいじなフランス時計をうちくだき、壁を突き抜けて台所のボイラーをうちぬき、ブランコのつなを切り、自動車、画家の絵、水そう……と次々に貫通していく。

 そのために、シュミットじいさんのパイプが割れたり、ディック・バンブルの麦のふくろに穴があいて麦がこぼれおちたりする。その一方で、ナシの木の枝が折れてその下で待っていた少年がナシをたくさん手に入れたり、ネコに襲われそうになっていたネズミが逃走できたり。

 たまはそうして地球を一周する勢いだったのだけれど、菓子づくりをしていたニューリウッドの奥さんの家のがっしりした氷に当たってしまい、おとなしくぺしゃんこに。あらゆるものを貫通して進んでいたたまが、最後にぺしゃんこになるというエンディングはなんだか示唆に富んでいる。

 ところで訳者の高山宏によれば、本には「おもちゃ本」「遊び本」と呼ばれるジャンルが以前から存在する。ポップアップ・ブックはなかでもよく知られているが、ほかにも本の中でページを折らせてみるなどいろいろな仕掛けがほどこされた本が作られてきた。「絵本の魔術師」といわれるピーター・ニューエルの手になる本書もそうしたジャンルに連なるものといえるだろう。

 さらに高山は「本は大切なもの」という規範が確立し本が大人の文化の象徴になった現代の知のあり方に対しても、本書をもって相対化せんと試みる。むろんそれもまた大人の見方・読み方であることを高山は充分に自覚しているのだが。

 それにしてもこうした絵本をみていると、本の「モノ」性を強く意識させられる。電子ブックの利便性は否定すべくもないが、「おもちゃ本」のような仕掛けは紙の本によってこそ可能になるからだ。紙の本に強い愛着感をアピールする物書きは未だに少なくないけれど、本書のような絵本に触れると郷愁ではなくもっと積極的な意味でモノとしての本の可能性を考えたくなる。何はともあれ、高山宏が翻訳するだけのことはある、大人が読んでも愉しい絵本にちがいない。
[PR]
by syunpo | 2017-04-12 18:23 | 絵本 | Trackback | Comments(0)