2017年 11月 07日 ( 1 )

「規則」を守る安心、慣れていく危険〜『茶色の朝』

●フランク・パヴロフ著『茶色の朝』(藤本一勇訳)/大月書店/2003年12月発行

b0072887_18501348.jpg 著者のフランク・パヴロフはフランスとブルガリアの二重国籍をもつ心理学者・人権活動家。ジャン=マリー・ルペン率いる極右政党・国民戦線の台頭に危機感をおぼえ、強い抗議の意思表示として本作を書いたという。

 内容はいたってシンプルな寓話である。最初に茶色以外のペットを飼うことを禁じる法律ができる。語り手の俺と友人シャルリーは、そのために飼っていた犬や猫を安楽死処分したことをコーヒーを飲みながら話しているシーンから本作は始まる。犬を処分した友人に対して俺は「きっと彼は正しいのだろう」と思う。

 それからしばらくして「茶色新報」以外の新聞が発禁になる。犬や猫という単語を出す場合には茶色という言葉をくっつけなければならない。それに反する出版社の本は強制撤去を命じられた。

 そうして二人は当然のように茶色の犬や猫を飼うようになった。茶色のペットたちと同じ部屋でチャンピオンズカップの決勝戦を見る。それは「すごく快適な時間」だった。こうして俺は「茶色に守られた安心、それも悪くない」と考える。

 ところが、次には過去に茶色以外の犬や猫を飼っていた行為も違法と認定されることになった。シャルリーは自警団に連行される。「前に飼っていただけで違法になるなら、俺も自警団のいい餌食だ」……こうして次第に状況はエスカレートしていき、ついには、俺の部屋のドアをたたく音が聞こえて……。

 すべてが「茶色」になっていく社会。その進展が淡々と描かれていく。俺もシャルリーも最後まで抵抗らしき抵抗を示すことはない。本文には「全体主義」や「ファシズム」という言葉は一度たりとも出てこない。そうしたことがいっそう全体主義化が進みゆくときの恐ろしさを暗示しているともいえるだろう。

 本書の巻末にメッセージを寄せている高橋哲哉によれば、茶色はフランス人にとって、ナチスを連想させる色なのだという。ナチス党は初期に茶色(褐色)のシャツを制服として採用していたからだ。そのイメージは今日にも受け継がれ、さらに拡張されて、ファシズムや全体主義などと親和性をもつ「極右」を連想させる色になっているらしい。

 この物語が書かれたのは一九九八年。日本版の刊行は二〇〇三年である。 その後、日本では本書に相似する事態がひたひたと進行し、しかもそれに抗おうとするリベラル勢力への冷笑的態度もまたインテリ層を含めて強くなってきている。フランスでの刊行当時以上に現代ニッポンで切実な意義を帯び始めた本といえるかもしれない。政治的なモチベーションが先行したためか内容にさほどの深みは感じられない寓話ではあるが、全体主義の基本的な様相を知るうえでは参考になる一冊ではないかと思う。

 なお日本版では、ヴィンセント・ギャロの挿絵一四点が添えられていて、高橋哲哉による〈メッセージ〉ともども日本のみのオリジナル編集になっている。
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by syunpo | 2017-11-07 19:00 | 文学(翻訳) | Trackback | Comments(0)