ブックラバー宣言


コラムニスト・吉本俊二の書評ブログです。
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カテゴリ:スポーツ( 2 )


神話と幻想のタペストリー〜『ベースボールの夢』

●内田隆三著『ベースボールの夢』/岩波書店/2007年8月発行

b0072887_1952557.jpg 「アメリカ人の精神や心を知ろうとするならばベースボールと、そのルール、現実を学ぶのがよい」と言ったのは、フランス人批評家のジャック・バルザンである。
 本書はその認識に則って、世紀転換期、産業資本主義の確立と都市化の波にあらわれたアメリカで、ベースボールがアメリカ人の夢や幻想をいかに織り込んでいったか、現代社会論を専攻する著者が検証を試みたものだ。

 ベースボールの起源をめぐる言説として「ダブルデー=クーパーズタウン神話」がある。これは、南北戦争に従軍したアブナー・ダブルデーという人物がベースボールというゲームの考案者であり、ニューヨーク州クーパーズタウンという町が最初にゲームが行なわれた場所だと主張するものである。史実を厳密にたどっていくと、この説には肯んじえない点がいくつも出てくるのだが、にもかかわらず、いやそれ故に、この神話の裏側には「徐々に世界を圧倒していくアメリカ資本主義の夢と不安が張りついている」というのが内田の見立てだ。

 ベースボールはもともとイギリス発祥のラウンダーズから派生したものと考えられるが、ベースボール神話形成の過程で意識的にそれと切り離され、ベースボールにアメリカらしさを見出していくようになった。ラウンダーズやそれとよく似たクリケットは、上品ぶっていて型にはまっており、人々のエネルギーや思考を活性化するようなものではない、との言説が振りまかれたのに対して、ベースボールは「活力」や「気力」「力強さ」などを体現するものと考えられ、またそのようにプレーすることが求められたのである。

 ベースボールの黎明期にはアメリカの各都市で別個のルールが混在していたが、最終的には「ニューヨーク・ゲーム」が全米を支配するようになる。それは文字どおりニューヨークの発展と軌を一にするものであった。

 ベースボールがそのルールを確立し、進化し、社会の全域に普及していくプロセスは、ニューヨークという都市がアメリカにおいて覇権を獲得する過程と重なっている。ベースボールはニューヨークの覇権の文化的な一翼を担ったといえよう。(p85)

 「ニューヨーク・ゲーム」には、端的に「ミドルクラス・白人・男性」の夢と不安がこめられていた。それは、戦機転換期に「産業資本による大規模な組織化の流れのなかで、ミドルクラスの人々を凋落させ、またホワイトカラーのひとりに転移させ、さらには消費社会に生きる孤独な群衆のひとりに変貌させる過程」を反映するものである。

 ベースボールの特色は、アルバート・スポルディングによると「頭脳」「筋肉」「男らしさ」にある。それは当時の「ミドルクラス・白人・男性」に強く求められたアイデンティティでもあった。また、ベースボールの規範とされるチームプレーや協調性は、組織化されたビジネスの行動規範とも重なりあう。「ベースボールの規範が新中間層の仕事の次元と適合していた」のである。

 こうしてベースボールは、田舎から都市に移り住んだ人々に共通の安心感や自信をもたらしたと同時に田舎や過去との間に漠然とした情緒的紐帯をも提供したのである。ベースボールは「都市現象」である一方で、古き善きアメリカの田園風景を想起させるものでもあった。そのためにも「ダブルデー=クーパーズタウン神話」は捏造されなければならなかったのである。
 本書ではまったく言及されていないが、ケビン・コスナーが主演して話題を集めた映画『フィールド・オブ・ドリームス』の麗しい世界を、内田は相対化してみせたともいえる。
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by syunpo | 2008-07-12 19:08 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

スポーツ革命の書〜『虹を掴む』

●川淵三郎著『虹を掴む』/講談社/2006年6月発行

b0072887_19371290.jpg 日本サッカー協会キャプテン・川淵三郎の「現代進行形の回想録」。ワールドカップ開催にあわせて刊行した講談社の商売上手に乗せられて、思わず手にとった。著者自身のサッカー人生、Jリーグ発足とその後の苦難と再興、日本代表の成長、代表監督ジーコへの思い……。各章のサブタイトルが「七転八起」だの「堅忍不抜」だのと、どこかの力士の口上を思い出させもするが、その語り口はあくまで熱い。

 Jリーグとは、単にサッカーのプロ化を目指したものではなく、日本のスポーツ文化を根底から変革していく壮大なプロジェクトであるということ。そうした理念は、すでにJリーグ開幕時からマスメディアを通じて喧伝されてきたことだが、あらためてJリーグ初代チェアマン自身によって記述されたことは、それなりに意義深いといえる。
 Jリーグ発足にあたっては、先行するプロ野球界を「反面教師」としたことが明確に述べられている。一企業の思惑によって左右されるリーグ運営であってはならない、サッカーが企業の宣伝広告の材料となってはならない……などなど。そうした問題で事あるごとに対立した読売のドン・渡邉恒雄との確執についても詳しく言及されていて、楽しめる。

 日本代表の歴代監督に関する記述にもかなりの紙幅が割かれている。更迭劇など生々しい挿話を織り込みつつ、「歴代の監督にはその時代ごとの役割があったように思えてくる。オフトにはオフトの、加茂には加茂の、岡田には岡田の、それぞれ監督としての意味があった」と総括する。

 日本サッカー界の中枢を歩んでいる著者ならではの具体的な語りに促されて、サッカーに関心のある読者なら一気呵成に読み終えることだろう。
 もちろん当事者故の弱点も、本書にはある。ここで言及されている出来事の関係者の大半は存命中である。当然、それなりの配慮がなされていることがうかがい知れる。また日韓共同開催で決着したワールドカップ招致運動の、政治家を巻き込んだ舞台裏の生臭い暗闘など、ネガティブな話題は周到に回避されている。現場にあれこれ口を出す自分のやり方にあまり自省の様子が見られないのも、やや疑問の残る点ではある。

 今回のワールドカップにおける日本代表の成績は、本書で述べられたジーコへの熱い思いに冷水を浴びせるような結果になったのは残念である。チマタでは、ヒステリックな川淵辞めろコールが渦巻いているが、そういう時だからこそ、川淵キャプテンの言い分に触れてみるのも悪くはないだろう。本人の言うとおり、代表チームを強くすることだけが、日本サッカー協会の仕事ではないのだから。
 同じ話題が繰り返されたり、書き言葉と話し言葉が混在するなど、ゴーストライターの手抜き仕事も散見されるが、本書を楽しむうえで障害になるほどではない。
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by syunpo | 2006-06-26 19:46 | スポーツ | Trackback | Comments(0)