カテゴリ:展覧会図録( 4 )

他者と自己をめぐって〜『アジアとヨーロッパの肖像 図録』

●『アジアとヨーロッパの肖像 図録』/朝日新聞社/2008年9月発行

b0072887_18152635.jpg アジアとヨーロッパ一八カ国の博物館、美術館が共同で作りあげた国際巡回展『アジアとヨーロッパの肖像』大阪展のカタログは、なかなかの大冊である。
 先日、紹介した四方田犬彦『人間を守る読書』のなかでも、わざわざ「展覧会カタログ」の項目を設けて、映画祭や展覧会が開催されることの意義として、文献的価値の高いカタログがしばしば製作される点を指摘していたものだ。

 巡回展の皮切りとなる大阪展は、国立国際美術館、国立民族学博物館の二会場同時開催という形になっていて大掛かりなものであるが故に、ややもすると茫漠とした印象だけが残りかねない。その意味でもこのカタログは、展覧会の企画意図や構成の狙いが手際よくまとめられているうえ、掲載されている論考もおおむね啓発的な内容で、一冊の書物としても充分に成立するものではないかと思う。

 冒頭に収録されている〈総論:アジアとヨーロッパの「肖像」〉で、吉田憲司(国立民族学博物館教授)は、アジアとヨーロッパとはもともと一対のものとして概念化された、という説を紹介している。ギリシア語のアジアとエウロペ(ヨーロッパ)の語源は、それぞれアッシリア語の“asu”(出る、日の昇る場所)と“ereb”(入る、日の沈む場所)とに遡ることができるというのだ。すなわち、日出づる処としてのアジアと日没する処としてのヨーロッパ。
 この両者だけで世界が構成されているわけではもちろんないが、「両者の関係とその変化を問うことは、この世界のあり方を問うこと、より根源的には、相補的な関係においてしか成立しない『自己』と『他者』のあり方を問うえでの、重要な糸口になりうるのではないか」との認識が立ち上がる。本展を支えているのは、そうした問題意識にほかならない。

 籾山昌夫(神奈川県立近代美術館主任学芸員)の〈日本の洋画とヨーロッパ〉と題する論考では、アジアとヨーロッパの接触以降の時代における相互の影響関係が概説されていて勉強になった。
 たとえば、松本竣介の描いた《立てる像》がアンリ・ルソーの《私自身、肖像風景》を踏襲したもので、そのルソーの絵の万国博覧会を描いた背景の左半分は、三代歌川広重の《横浜海岸鉄道蒸気機関車》を典拠している……という指摘。「近代の『他者の手法をとり入れる』摂取は、交通や出版の近代化によって急速に拡大し、画家の近代的自我を通して、終には交錯するに至った」具体的な事例としてたいへん興味深い。

 また〈モダニズムとジャポニスム〉を考察した渡辺俊夫(ロンドン芸術大学教授)の一文や、現代美術の状況を概説した黒田雷児(福岡アジア美術館学芸課長)、安来正博(国立国際美術館主任研究員)らの論考からも多大な示唆を受けた。

 なお巻末には、カタログに掲載されている論文、コラムのすべての英訳が収められている。
[PR]
by syunpo | 2008-10-17 18:24 | 展覧会図録 | Trackback | Comments(0)

『ポンペイの輝き〜古代ローマ都市 最後の日』

●『ポンペイの輝き〜古代ローマ都市最後の日 カタログ』/朝日新聞社/2006年発行

b0072887_1844153.jpg 二〇〇六年、東京Bunkamuraザ・ミュージアムを皮切りに、仙台市博物館、福岡市美術館、サントリーミュージアム[天保山]と巡回してきた展覧会の共通図録。ポンペイ考古学監督局のスタッフによるいくつかの論考に挟まれて、出品作と現地の風景が美しい写真で紹介されている。国立西洋美術館の青柳正規館長が監修、野中夏実が翻訳を担当した。

 古代ローマ帝国絶頂の時代、西暦七九年八月二四日、ヴェスヴィオ山の噴火により埋没した都市ポンペイ。火山灰土に厚く覆われた都市は、その後、一八世紀まで地中に長く眠ったままであった。やがて発掘調査が始まり、ポンペイや近郊の諸都市の姿が次第に明確な形となって私たちの視界のなかに現れる。二一世紀に入っても調査は行なわれているらしい。
 本展は、発掘調査によって出土した壁画や彫像、家財道具や人々が身につけていた装飾品など四百点を集めたものである。

 さすがに今日まで生き永らえた出土品は、金属類や大理石像、漆喰の壁画など種類は限定されるが、考えてみれば、これは出来事の凄まじさといい、封じ込められた時間の悠久の長さといい、眩暈を起こしてしまいそうな人類史の一端であろう。

 パピルス荘から出土した大理石像「アマゾンの頭部」「ヘラ像」をはじめ、彫像類は保存状態は思いのほか良好だった。首筋や額に刻まれた皺が、かなりリアルなのに驚かされる。
 壁画は、もちろん壁体から剥がされ修復が施されているが、いくつか欠損部分の多いものもある。本展の目玉のひとつ、図録の表紙に採用されているモレージネ地区のトリクリニウム(食堂)の壁画は、一九五九年の発掘調査で発見されたものだ。「赤地の洗練された建築的構成」の壁面に、竪琴を弾くアポロとムーサが表現されていて印象深い。
 
 海岸から避難しようとした人々の多くが、船倉庫で息絶えた事実も発掘調査で明らかになっている。その亡骸の中には医師と思われる人もいて、近くからはメスやピンセットなどの医療用具も見つかった。みずから退避しながらも、怪我人や病人を治療しようとして携えていたものであろうか。解説によれば、これらの医療用具は、現在使われているものと非常によく似ており、ローマ時代の外科医療の水準の高さを示す興味深い物証なのだという。

 ちなみに、ヴェスヴィオ山北側のソンマ・ヴェスヴィアーナ市の遺跡発掘は、二〇〇二年、東京大学を中心に結成された日本の調査団が行なった。八メートルにわたって堆積していた火山放出物を取り除いた中から、荘重な建造物、大理石の女性像(ペプロフォロス)、ディオニソスを表わした青年像が出土している。(本展には出品されていない)

 この展覧会に「美術鑑賞」という目的で訪れたのなら、あるいは物足りなさを覚えるかもしれない。ここに展覧されているモノ、事象へのコメンタリーは、何よりもまず考古学・人類学的な発掘調査の成果であり、その成果にいかなる発見の感銘を得るのか得ないのか、それは私たち観る者の知的好奇心や想像力によって左右されるだろう。

 ポンペイ考古学監督局長のピエトロ・ジョヴァンニ・グッツォは記している。

 考古学の実践は、科学的な方法に則って行われるのであれば、物質的な成果は生み出さないし、また財政上の効果はさらに生み出さない。だが、思想、有名な事実、年代との戦いの作り出す歴史だけでなく、人間の物語に、人間が成し遂げたことにじかに触れさせるという意味で、一人一人の批判意識を涵養する。(p23)
[PR]
by syunpo | 2006-11-30 18:48 | 展覧会図録 | Trackback(1) | Comments(0)

スペインの輝き!〜プラド美術館展カタログ

●『プラド美術館展カタログ』/読売新聞東京本社/2006年発行

b0072887_19394422.jpg プラド美術館展は東京展を終え、会場を大阪市立美術館に移して大阪展が現在開催中である。
 国立プラド美術館は、かつて栄華を誇ったスペインの輝きを象徴するように、主に一六〜一七世紀ヨーロッパの絵画史を彩った巨匠たちの傑作を数多く収蔵していることで知られる。
 本展は、七千点(!)を超えるコレクションの中から八一点の作品を展観するものである。カタログは、展示作品の解説に加え、フアン・J・ルナの「プラド美術館とそのコレクションの歴史と発展」、大高保二郎の「ローマのベラスケス(1630年)、古典古代と風景への感興」、木下亮の「スペイン・ブルボン家の宮廷美術の展開とゴヤ」という三篇のエッセイが収録されている。さらに巻末には「プラド美術館創設前史」「プラド美術館の歴史」なども併録されていて、かなりの大冊である。

 展示内容は、五つのブロックに分かれている。
 「第一章 スペイン絵画の黄金時代ー宮廷と教会、静物」
 「第二章 16、17世紀のイタリア絵画ー肖像、神話から宗教へ」
 「第三章 フランドル・フランス・オランダ絵画ーバロックの躍動と豊饒」
 「第四章 18世紀の宮廷絵画ー雅なるロココ」
 「第五章 ゴヤー近代絵画への序章」

 展覧会はまさに豪華絢爛、見ごたえのある内容だった。
 ティツィアーノからゴヤまで、これまで絵画集やネット上の写真でしかお目にかかったことのない名画が、次から次へと私の眼前に現れる。この悦楽をいかに表現すべきか。私はおのが語彙の貧困を実感せずにはおれない。

 哀しいまでに透明なエル・グレコを観た。
 たとえば「十字架を抱くキリスト」。十字架を担がされて肉体的苦痛を感じているはずのキリストが輝く瞳で遠方をみつめていて、あらゆる邪念から解放され「透明な存在」であるかのように表現されている。あるいは「寓話」。細い蝋燭に火をつけようとする少年の両側に猿と髭を生やした男がはさむように描かれている。ここからいかなる「寓意」を読み取るべきなのか私には分からないのだが、この絵に漲る不思議な清澄感を私は受け止めたのだった。

 圧倒的な肉体の存在感を示すジュゼッペ・デ・リベーラを観た。
 「聖アンデレ」や「盲目の彫刻家」における使徒や彫刻家の肉体の生々しい力感。とりわけ盲目の彫刻家の皺だらけの手だけを見ても、息を呑むリアルさだ。あるいは「アッシジの聖フランチェスコの幻視」の厳粛なる緊張感はどうだろう。

 ベラスケスの肖像画を観た。
 自画像との説もある「男の肖像」や「道化ディエゴ・デ・アセド、“エル・プリモ”」など、地位がそれほど高くない人物をモデルにした肖像画に惹かれた。それらの作品では、飾り気を排した人間臭さが醸し出されていて興味深い。

 静物画(ボデゴン)の美しさをサンチェス・コタンやスルバランに観た。
 サンチェス・コタンの「狩猟の獲物、野菜、果物のあるボデゴン」には、チョウセンアザミ、ニンジン、リンゴ、葉付きのレモン、串刺しにされたスズメ、ウズラなどが建築枠の中に詳細に描かれている。光と陰のコントラストが絶妙で、どれほど見つめていても飽きることはない。
 スルバランの「ボデゴン」は、四つの食器が並べられているだけだが、妖しいほどに美しい。

 エレガントなムリーリョを観た。
 スペイン絵画の主要な主題の一つであった「無原罪の御宿り」。「エル・エスコリアルの無原罪の御宿り」における聖母マリアの表情は、あまりに可憐だ。やや上目使いで手を合わせるマリアが羽織っているマントの青色が、優雅に映える。

 ティツィアーノの有名な「アモールと音楽にくつろぐヴィーナス」を観た。
 ベッドに横たわる裸体のヴィーナスとオルガン弾きの男。窓の外にはカップルや鹿などが描かれている。オルガン弾きは振り返ってヴィーナスを見つめている。どこを見ているのか?

 楽しさに満ちたヤン・ブリューゲル一世とダーフィットを観た。
 ヤン・ブリューゲルの「大公夫妻の主催する結婚披露宴」は、ネーデルランドの賑やかな結婚披露宴を主題とするもの。大勢の人々や木々の葉っぱが丹念に描かれていて、風俗画の面白さを充分に堪能できる。
 ダーフィットの「村の祭り」も同様の喧騒を描いたものだが、人々の顔、壺やテーブルの一つひとつがこれまた精巧にスケッチされ、私の眼はしばらく画面に釘付けになった。

 メレンデスのスイカに、カブトムシの幻覚を観た。
 「ボデゴン:風景のなかの西瓜と林檎」は雑誌など印刷物でよくみかける絵画だが、実物をみると西瓜の存在感が格別で、何やらカブトムシがモゾモゾと這っているような気がしてくるのだった。

 絵画と視線について考えさせるゴヤを観た。
 「ビリャフランカ侯爵夫人マリア・トマサ・デ・パラフォクス」は面白い絵だ。画家としての伯爵夫人が、キャンバスに向かって夫とおぼしきモデルを描いている。伯爵夫人の視線は、画面には出てこないモデルに向けられている。キャンバスに描かれた夫の視線は何やら夫人に向けられているようである。その絵を私たち鑑賞者が観ている。画面の内と外で様々な視線が行き交っている……。

 「プラド美術館展ースペインの誇り 巨匠たちの殿堂ー」大阪展は、大阪市立美術館開館七〇周年記念として、一〇月一五日まで開催されている。
[PR]
by syunpo | 2006-07-20 19:43 | 展覧会図録 | Trackback | Comments(0)

空を翔る画家〜『シャガール展カタログ』

●冨田章監修『愛の旅人シャガール展 カタログ』/朝日新聞社、サントリーミュージアム[天保山]/2006年4月発行

 サントリーミュージアム[天保山]で開催中の『愛の旅人 シャガール展』を観てきた。本展は日本国内の主要なコレクションから、版画一〇〇点、絵画二七点を集め、「生と死」「聖なる世界」「愛の歓び」「サーカス」「自画像」という五つのテーマにわけて展観している。
 カタログは、同ミュージアム首席学芸員の冨田章監修によるもので、出品されている全作品を解説入りで収録しているのはもちろんのこと、シャガール年譜も充実しており、資料価値としても高いと思われる。

  *  *

 絵画は、どの方向から見ても鑑賞に堪える作品でなければならない。マルク・シャガールはそう考えていた。キャンバスを、逆さにしても横に転がしても作品として成立すること。それが絵画の条件なんだ、とシャガールはいうのである。
 なるほど、その絵画観を具現化した最もわかりやすい例としての《逆さ世界のヴァイオリン弾き》では、そこに描かれた家も花瓶も上下が逆になっていて、思わず、画面をひっくり返したくなる。それでいて、そのまま鑑賞しても決して不安定な印象をもつことはない。
 あるいは三重県立美術館収蔵の《枝》。ブルーを基調とした背景に空中で抱き合うカップルが描かれ、左上の日輪のなかには笛を吹く人物がいる。そして、カップルの周囲を鳥や人が遊泳しているのだ。

 それらの作品だけではない。シャガールの世界では、恋人たちや天使たち、馬やロバのような動物たちも、しばしば浮遊感をもって存在し、花や木は横に伸びていたり下に向かって生い茂っていたりする。それらは、さながら無重力の宇宙船のなかに存在するもののように、上下左右の方向感覚を無視して立ち現れる。
 シャガールが好んでモチーフにしたサーカスもまた、軽業師が重力にさからって空中で回転したり、逆立ちしたりするものだ。

 浮遊すること。空を翔ること。シャガールの絵画における独特の無重力感は、シャガール自身の波乱万丈の人生とオーバーラップする。
 彼は、白ロシア(現在のベラルーシ)に生まれたが、パリで画才を開花させた。一時、ロシアに戻るも革命期の混乱に遭遇し、再びパリへ。第二次世界大戦が勃発すると、ナチスの迫害を逃れてアメリカに渡った。戦後はパリに戻り、晩年になってようやく南フランスに安住の地を見いだした。彼の生涯もまた、各地を転々とする「浮遊」に満ちた人生だったのだ。
 だから、シャガールの絵をよくみると、恋人たちの姿や愛らしいブーケは、必ずしも華麗さだけを湛えているわけではない。時には哀愁を感じさせ、また時には厳しさを感じさせもする。

 シャガールといえば、「エコール・ド・パリ」を代表する画家として、そのロマンティックな作風が広く知れ渡っているようだが、それは、彼の一面にすぎないことを再確認したのだった。

 《愛の旅人・シャガール展》は、四月二九日より六月二五日まで、サントリーミュージアム[天保山]にて開催中。
[PR]
by syunpo | 2006-05-09 21:29 | 展覧会図録 | Trackback | Comments(4)