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セゾングループ盛衰記〜『ポスト消費社会のゆくえ』

●辻井喬、上野千鶴子著『ポスト消費社会のゆくえ』/文藝春秋/2008年5月発行

b0072887_20223043.jpg セゾングループといえば、七〇年代末に上京して大学生活を開始した私のような地方出身者にとっては、もっとも都会的な文化の香りを感じさせる企業体の一つだった。洗練されたイメージ広告は私たちの感性を大いにくすぐったし、西武劇場やパルコ劇場で演劇や個性に富んだシネマ特集に接した若い頃の記憶は未だに色褪せることはない。そうした企業風土に憧れてセゾン系企業への就職を目指した学生は私の年代にはたくさんいた。
 その後、傘下の企業のいくつかが経営破綻し、あれよあれよとグループの解体をみるに及んで、いわく言い難い感慨を抱かずにはおれなかったものだ。

 本書は、セゾングループの歩みを振り返ることは日本の戦後消費社会の歴史を考えること——との認識から、同グループの元総帥・辻井喬(堤清二)に社会学者の上野千鶴子がインタビューした記録である。
 「日本経済の成長期にもっともたくみに波乗りし、その後の後退期にもっともきびしい荒波をかぶった企業」としてセゾングループをみる時、その成功譚も失敗学も一企業の単なる逸話という枠をこえた、日本の戦後史の縮図として極めて意義深いケーススタディとなるのである。

 上野はかつて、セゾングループ史(全六巻)の編纂に参画したことがあり、また秀逸な消費文化論の語り手でもあることから、今回の企画が実現したものと思われる。上野の切り込みは下手なジャーナリスト顔負けの情け容赦のないものだが、それに対する辻井喬もまた一筋縄でいかない多面的な経歴と相貌をもつ人物——元共産党党員、元政治家秘書、三島由紀夫の盟友、詩人・作家——ということも相俟って、本書はまことに面白い対談と成った。
 ただし、本編では大半が堤清二としての活動が話題になっているのにも関わらず、「メタ自己」ともいうべき存在の辻井喬が対談に臨むという形になっている。

 辻井が父の命令で西武百貨店に入社するに際して「ある種の理想主義」に基づき労働組合をつくる条件を出したという挿話にまず驚かされる。その真意は必ずしも明快に吐露されるわけではないが、彼がいろいろな意味で経営の近代化を図ったことは、その後の施策でもうかがうことができる。

 六〇年代に始まった文化事業をめぐる対話も実に興味深い。
 上野は西武の手がけた「とんがった」文化イベントの客と百貨店の買い物客とはまったく重ならず、新奇な文化催事が販売促進につながらなかったであろうことを指摘すれば、辻井も「自己満足」のためにやったことを告白したりして、話は奇妙に盛り上がる。
 また、七〇〜八〇年代前半にかけてのセゾンのイメージ広告を上野は感心しつつ、当時の社会状況と対比させながら、そのコンセプトを訊き出していくくだりは社会学者としての面目躍如たるものがある。

 男女雇用機会均等法を先取りした女性の雇用についてのやりとりも秀逸だ。上野は「流通業界は女性を使い捨てるのがうまかった」と総括するのに対して、辻井がそれを否定しようとしないところが面白い。また同法の策定には辻井が諮問委員として関与しており、当時の楽屋話で反対派の大槻文平とやりあったエピソードなども楽しい。

 セゾングループの経営が傾いていく過程では、元凶の一つとなったグループ企業(西洋環境開発)から情報が上がってこないで、日本興業銀行の頭取から実情を知らされた挿話などは企業経営者にとっては教訓に富む話であるだろう。

 百貨店という業態については「歴史的な使命を終えた」という点で両者はほぼ一致をみる。それは、あらゆるマーケットのセグリゲーション(棲み分け)の結果として必然的に生じる現象であり、新聞や総合雑誌などの退潮と原因を同じくするものである。

 対談の終わりに、市場原理主義全般に関して二人が意見を交換する場面は何よりも印象深いものであった。辻井は言う。

 私がいま感じている危機意識の実態は何かと申しますと、世界が産業社会の週末を迎えているということです。変な言い方をすれば、これは社会主義の崩壊によって加速された危機だと思っています。東西冷戦がなくなってからの自由市場経済の堕落は、予想よりもはるかにスピードを増し深刻化してきています。……(中略)……日本市場のスケールの縮小と、経営者の堕落は相当なスピードで進んでいる。ですから日本の市場経済もどこかに対抗軸をつくっておかないと、止めどなく堕落するだろうと思っています。(p306)

 この後の対話で明快な「対抗軸」が示されるわけではない。無論、それを求めることじたいが本書の主旨を超えた望みというべきだろう。何事かを検証するということは、過去の何かに決着をつけること以上に、むしろ何かを始めるためのものである。課題は、読者の一人ひとりに投げかけられたのだ。
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by syunpo | 2008-05-25 20:48 | ビジネス | Trackback | Comments(0)

新時代の経済原理〜『ウィキノミクス』

●ドン・タプスコット、アンソニー・D・ウィリアムズ著『ウィキノミクス〜マスコラボレーションによる開発・生産の世紀へ』(井口耕二訳)/日経BP社/2007年6月発行

b0072887_20283384.jpg 「ウィキノミクス」とは、世界中の不特定の人たちがフラットなネットワークをとおして協働するような生産形態またはその原理をいう。そこでは階層型の指揮命令系統は存在せず、参加者の自発的な秩序形成が核を成す。
 その四大原則として、著者は「オープン性」「ピアリング」「共有」「グローバルな行動」を挙げている。その具体的成果は、ネット上の百科事典「ウィキペディア」、オペレーティング・システム「リナックス」などにみることができる。

 ウィキペディアの前身も当初はトップダウンの階層構造をとり、学者や専門家に報酬を支払って事前承認した記事だけを公開していた。しかし、創始者はその非効率を知って、一九九五年、参加意欲さえあれば誰でも参加できるオープンな形でやり直しを図る。その後の急成長ぶりはネットユーザーなら誰もが知っていることだろう。
 現在、ウィキペディアは数え切れないほどのオンラインボランティアが項目を執筆し、編集し、継続的にモニタリングを行なっている。百万人をこえる登録ユーザーのうち、十以上の項目に関わったのは、十万人ほどだという。

 もちろん、ウィキノミクスの成果は、何もネット上に限られた話ではない。
 経営危機に瀕していた金鉱山会社ゴールドコープ社が自社の地質データを公開して新鉱脈の発見を低コストで成功させ甦った話、ボーイング社がオープンプラットホームを活用して六大陸のパートナー企業と協創し新型機を製造した話……などなど具体的な成功例をふんだんに盛り込んで、ウィキノミクスの可能性が生き生きと提示されるのである。

 ウィキノミクスの四大原則ーーオープン性、ピアリング、共有、グローバルな行動ーーは、いずれも、企業管理職にとって唾棄すべきものと感じられるかもしれない。しかし、本書で繰り返し示したように、この四大原則は前代未聞のスケールで革新を推進し、富を形成する力となりうる。それだけでなく、科学的な探求を行い、文化を創造し、情報を伝達し、教育を行い、そして、コミュニティや国家を統治運営する方法までも変えるほどの力がある。(p429)

 記述に繰り返しや重複が多く、その分を整理すればもう少し読みやすく薄い本になっただろう。その点が惜しまれる。だが、ビジネスマンはもちろん人間社会の成り立ちに少しでも関心のある者ならば、読んでおいて損はない。

 クリフォード・ストールの駄本『インターネットはからっぽの洞窟』から十年、時代は明らかに進化したのだ。
 もちろん、ウィキノミクスにも問題点や克服すべき課題は存在する。それは、自由闊達なコミュニティが宿命的に孕む欠陥であるが、その欠陥故に原理そのものが否定されるべきでもない。
 本書は、新たな時代の新たな経済原理を示した本である。
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by syunpo | 2007-09-11 20:34 | ビジネス | Trackback | Comments(0)