ブックラバー宣言


コラムニスト・吉本俊二の書評ブログです。
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カテゴリ:文学(夏目漱石)( 18 )


現代をも照らす漱石の思想〜『私の個人主義』

●夏目漱石著『私の個人主義』/講談社/1978年8月発行

b0072887_18581036.jpg 夏目漱石は座談や講演の名手としても知られたらしい。講演録をもとに漱石自身が手を加え「評論」として後世に伝えられてきたものがいくつもあり、本書はその中から《道楽と職業》《現代日本の開化》《中味と形式》《文芸と道徳》《私の個人主義》の五篇を収めている。

 「自己本位」や「内発的/外発的」といった言葉は、漱石の作品や思想を語るときに今でもしばしば言及されるキーワードである。そうした言葉の意味するところはもっぱら漱石の講演で語られた。

 《私の個人主義》は、漱石が自身の半生を顧みながら率直にその苦悩や煩悶を吐露しているもので「他人本位」から「自己本位」へと意識転換した経緯が示されていて興味深い。
 「他人本位」とは「いわゆる人真似」とりわけ西洋への盲目的な信奉をさす。これを文学や人文科学に即していえば次のようになるだろう。

 ある西洋人が甲という同じ西洋人の作物を評したのを読んだとすると、その評の当否はまるで考えずに、自分の腑に落ちようが落ちまいが、むやみにその評を触れ散らかすのです。つまり鵜呑みと云ってもよし、また機械的の知識と云ってもよし。(p134)

 そこで「自己本位」という四字が浮かびあがってくる。「その自己本位を立証するために、科学的な研究やら哲学的の思索に耽り出した」と漱石はいう。

 ……今のようにただ人の尻馬にばかり乗って空騒ぎをしているようでははなはだ心元ない事だから、そう西洋人振らないでも好いという動かすべからざる理由を立派に彼らの前に投げ出して見たら、自分もさぞ愉快だろう、人もさぞ喜ぶだろうと思って、著書その他の手段によって、それを成就するのを私の生涯の事業としようと考えたのです。(p136)
 
 そうした認識のうえに立って提起される「個人主義」とは「第一に自己の個性の発展を仕遂げようと思うならば、同時に他人の個性も尊重しなければならないという事、第二に自己の所有している権力を使用しようと思うならば、それに付随している義務というものを心得なければならないという事。第三に自己の金力を示そうと願うなら、それに伴う責任を重んじなければならないという事」に帰着する。

 したがって、個人の幸福の基礎となるべき個人主義は個人の自由がその内容になっていることに相違ないが、「各人の享有するその自由というものは国家の安危に従って、寒暖計のように上ったり下ったりするのです」とも付け加えられている。
 こうしてみると、今日「民主主義」の基本原理の一つともされている認識が、漱石にあっては「個人主義」の名で語られ顕揚されたということになろうか。

 このような「自己本位」や「個人主義」は、《現代日本の開化》における文明批評においては、より大きな歴史的認識とともに敷延されている。
 そこではまず「内発/外発」が問題になる。明治維新以降の欧化=開化を「外からおっかぶさった他の力で已むを得ず一種の形式を取る」ようなもので、それを「外発的」として漱石は批判するのだ。「現代日本の開化は皮相上滑りの開化である」。

 対して「内発的」とは「内から自然に出て発展するという意味でちょうど花が開くようにおのずから蕾が破れて花弁が外に向かう」のをいう。漱石によれば、西欧の開化は概してそうであるし、維新前の日本においても「比較的内発的の開化で進んで来た」といえる。日本の開化は「開国」以降急激に曲折し始めたのである。

 「時々に押され刻々に押されて今日に至ったばかりでなく向後何年の間か、またはおそらく永久に今日のごとく押されて行かなければ日本が日本として存在できないのだから外発的というよりほかに仕方がない」という認識など今もなお当てはまるのではないか。

 もっとも、この問題で漱石は確固たる処方箋めいた言辞を掲げることはない。ただ以下のような控えめな言葉が発せられるのみである。

 現代日本が置かれたる特殊の状況によって吾々の開化が機械的に変化を余儀なくされたるためにただ上皮を滑って行き、また滑るまいと思って踏張るために神経衰弱になるとすれば、どうも日本人は気の毒と言わんか憐れと言わんか、誠に言語道断の窮状に陥ったものであります。(p64)

 ……ではどうしてこの急場を切り抜けるかと質問されても、前申した通り私には名案も何もない。ただ出来るだけ神経衰弱に罹らない程度において、内発的に変化していくが好かろうというような体裁の好いことを言うより外に仕方がない。(p66)


 漱石の提起した難題から現代人は解放されたといえるのだろうか?
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by syunpo | 2010-10-07 19:19 | 文学(夏目漱石) | Trackback | Comments(0)

未完の多声的世界〜『明暗』

●夏目漱石著『明暗』/新潮社/2010年1月発行(文庫改版版)

b0072887_8595014.jpg この小説はあまり面白くない。痔の手術を受けるためのお金の工面やら、夫の過去をめぐる夫婦の腹の探り合いやら、家庭内の瑣事といって悪ければ陳腐な事柄のあれやこれやを漱石の筆は大仰な言葉遣いでもって描出していく。

 ただし、新潮文庫版では巻末に収められた柄谷行人の解説が例によってすこぶる面白い。作品の構造的な未完成性を鋭く指摘しつつ、ドストエフスキーを引き合いに出して『明暗』の多声的な世界をダイナミックに読み解く、その炯眼には教えられるところ大であった。面白い小説があるというよりも小説の面白い読み方があるだけだという極論に賛成したくなるのは、柄谷のような批評に触れた時である。無論、面白い読み方を誘発してしまうところにこそ漱石の面白さがあるのだ、とも言いうるだろう。
 柄谷も凄いが、漱石ワールドの何と奥深いことよ。
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by syunpo | 2010-09-17 09:06 | 文学(夏目漱石) | Trackback | Comments(0)

金銭が織り成す人間模様〜『道草』

●夏目漱石著『道草』/新潮社/2000年6月発行(文庫改版版)

b0072887_19322226.jpg 『道草』は自叙伝的な作品ということで知られている。岩波書店の《漱石全集》に解説を寄せている小宮豊隆によれば「主人公は、それをそのまま漱石と見做して、少しも差支えないほど、漱石自身を直接に、赤裸裸に表現」したものらしい。

 外国から帰ってきて東京に世帯を構えている健三。妊娠中の妻と二人の娘をかかえ、教師として地味な生活を送っている。そこに縁を切ったはずの養父の島田、島田と別離した養母の御常が別々に金の無心目当てにやってくるようになる。官僚としてかつては豪勢をふるった妻の父も窮乏して健三に救いを求めてくる。さらに健三は実姉にも月々いくらかの小遣いをやっている。ここでは、健三を取り巻く人間関係がもっぱら金銭のやりとりを軸にして事細かに描写されているのだ。

 健三の態度は優柔不断で煮え切らない。脅しまがいの無心をしかけてくる島田に断固たる態度を取ることが出来ず、ずるずると面会を続けている。そんな夫に対して妻は当然ながら苛立ちを隠しきれない。
 妻はときおりヒステリーの発作をおこすかと思えば、健三もまた子供のために買ってやった鉢植えを「無意味に」縁側から下へ蹴飛ばして鉢の割れるのに満足している。二人ともに神経を病んだ状態にあるのだ。読むほどに気が滅入ってくるような陰々滅々たる家庭生活である。

 この作品に描かれているのは、漱石がロンドンから帰国して小説家としてデビューした頃の事とみられるが、養父が金銭の無心を始めるのは実際には朝日新聞社に入社した頃であるから、時期を違えた漱石の実体験がこの作品に詰め込まれているともいえる。

 それにしても『吾輩は猫である』の明るい饒舌と、この作品における人物間の意思疎通の乏しい陰気なありようはあまりに好対照ではなかろうか。このような気鬱な環境の中からあの傑作が生み出されたとは、ちょっと意外な気もする。逆にいえば、『吾輩は猫である』のような軽妙洒脱な作品を書くことで、かろうじて漱石は精神のバランスを保っていたともいえるのかもしれない。
 『吾輩は猫である』を対極に想起しながら、さて、私たちはこの辛気臭い小説をどのように読めば良いのだろうか?

     *     *

 「小説は、たかが商品ではないか。そして、商品に徹した魂のみが、また、小説は商品ではないと言いきることもできるのである」——そのように言い放ったのは坂口安吾だった。けれども、それに先立つこと三十年、漱石が生きた時代にはそのように言うことはやはりはばかられた。資本主義の発展の度合いに相違のあった点に加えて、知識人や文化人といった知的階級が厳然と存在していたという時代状況も大きいかもしれない。文学や学問を志す者の精神的知的な営みはけっして金銭の額に換算されるようなものではないと漱石は真面目に考えていただろう。

 健三の内面にもそのような漱石の考えが充分に反映されている。
 『吾輩は猫である』の第一回分原稿と思われる仕事に関して「彼の心は全く報酬を予期していなかった」と述懐しているし、また「物質的の富を目標として今日まで働いて来なかった」とも述べているのだ。

 そんな健三のもとに島田が吉田という男とともにやってくる。そして本について語りだす。

 「本というものは実に有難いもので、一つ作って置くとそれが何時までも売れるんですからね」
 健三は黙っていた。仕方なしに吉田が相手になって、何でも儲けるには本に限るような事をいった。
 ……(中略)……
 「へえ、大したもんですな。なるほどどうも学問をなさる時は、それだけ資金が要るようで、ちょっと損な気もしますが、さて仕上げて見ると、つまりその方が利廻りの良い訳になるんだから、無学のものはとても敵いませんな」


 こうして二人は健三に本を書いて稼げば良いではないかと示唆する。健三にとっては「嫌がらせ」というほかなく、その時には無関心を装うものの、やがて彼は結果的には島田や吉田の言ったとおり最初から金銭を得ることを自覚しながら原稿を書くことになる。島田に手切金の百円を渡すために。
 「暑苦しい程細かな字」で講義ノートを作成していた健三は、ノートではなく原稿用紙に向かって「猛烈に」働く。それは「書いたものを金に換える」ことの出来る執筆活動へと本格的に踏み出した新たな局面でもあった。

 つまり、この小説は、ごく通俗的な読み方をするならば、職業作家誕生の舞台裏を描いたものと読むこともできるわけだ。ただし現実の漱石がこうした金銭上の必要に迫られて文筆家生活に入ったというわけではない。前述したように島田の無心が始まる前に大学教師の職を辞して朝日新聞社に入社していたのであるから、ここでの健三の振る舞いはたぶんに漱石自身の文筆家生活を戯画化したものと考えられる。

 とにもかくにも健三は無事、島田に手切金を渡して、二人の関係にひとまず決着をつける。
 妻はいう。
 「安心よ。すっかり片付いちゃったんですもの」
 健三は答える。
 「世の中に片付くなんてものは殆んどありゃしない」

 この健三の言葉はよく引用される。直接的には、島田との金銭的な関係は片付いても養子に出され苦労させられた過去は決して片付かない、という意味にとれる。しかし、それだけではない。
 島田との関係が契機となって心ならずも「書いたものを金に換える」生活へと本格的に踏み出すことになった健三にとっては、おそらくは死ぬまで片付かない文学という問題がこれまでとは形を変えて在り続けるのである。
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by syunpo | 2010-07-13 19:45 | 文学(夏目漱石) | Trackback | Comments(0)

過ぎし日々の追想と次作への助走〜『硝子戸の中』

●夏目漱石著『硝子戸の中』/新潮社/2000年11月発行(文庫改版版)

b0072887_18445718.jpg 漱石が体調を崩して自宅の書斎に引きこもり「硝子戸の中」から外を見ながら、つれづれに綴った随筆が三十九編。これだけを取り出して読めば流行作家のどうということのない身辺雑記だが、現代の読者は、この後、半自伝的な『道草』と未完の『明暗』が書かれたことをすでに知っている。漱石の文筆生活全体を見わたしてこの本を位置づけようとする場合には、相応の意義が浮かびあがってくることだろう。

 この随筆集の中盤あたりから、過ぎ去った日々の回想、とくに父母や兄姉についての追憶的な文章がいくつか出てくる。漱石が複雑な家庭事情のもとに育てられたことは、今日、その作品を読み解く上で重要な要素であると多くの批評の指摘するところだが、ここでは、むしろ平静に、漱石自身の言葉でいえば「頗ぶる明るい処から」リラックスした身振りで追想されている風である。
 漱石が『道草』をどの時点で構想したのか、私は知らない。結果的に漱石は『硝子戸の中』の後に最後の力をふりしぼって『道草』に向かい、『明暗』の世界に赴いた。そのことを思えば、本書には嵐の前の静けさのような、穏やかな気配がただよっているようにも感じられる。あるいは『道草』のいわば助走的な役割を本書がはたしたといえるかもしれない。

 無論そのような研究者的な姿勢をとらなくとも、それなりに愉しく読める内容である。
 幼い頃、友人から貴重な古書を二十五銭で買い取ったのだが、翌日、安く売りすぎた、返してくれ、と言われてお金を受けとらずに本を返した江戸っ子的意固地は『坊っちゃん』そのまま。高等工業学校で講演したものの、人づてに「解らなかった」との評判を聞いて、その後の講演で態度をあらためるサービス精神、というより自意識過剰ぶりもいかにも漱石らしい感じがする。

 末尾において、漱石は硝子戸を開け放って静かな春の光に包まれる。
 ある種の諦念めいた感慨を吐露する叙述が続いた後に、創作意欲の持続を暗喩しつつ短編小説のような静かな余韻を響かせながら、漱石は筆をおくのだった。
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by syunpo | 2010-05-30 19:00 | 文学(夏目漱石) | Trackback | Comments(0)

男の世界〜『こころ』

●夏目漱石著『こころ』/新潮社/2004年3月発行(文庫改版版)

b0072887_948404.jpg Kは友人に裏切られた形で自殺する。恋敵だった友人を死なせてしまったことで罪悪感に呵まれる「先生」は、十数年の後、Kの後を追うように自殺する。『こころ』もまた漱石の主要テーマである三角関係の問題に触れられている。

 それにしても、ここに描かれてあるのはいかにも「男の世界」という感じがする。
 主人公「先生」の陰に籠った恋の駆け引きの丹念な描写に比べると、肝心の女性——「御嬢さん=奥さん」の存在感の希薄さはどうだろう。Kが自殺する真因も「先生」が死ぬ理由も彼女には認識されず、ただ「先生」を慕う語り手の「私」のみが「先生」の暗い過去を知るのである。

 「私」が、これといって世間的の活動をしていない「先生」に何故魅かれることになったのか、「私」と「先生」の関係が今一つよくわからないのだが、島田雅彦はそこに「同性愛」的なものを読み取っている。巷にあふれる漱石論・『こころ』論のなかでも最もスリリングな読みの一つではないかと思う。

 「先生」の意識の中では三角関係から奥さんを排除し、男同士の関係を組織しているのだ。異性愛の物語を書きながら、そこには同性愛の感情が隠されているのである。……

 ……男だけの世界で悲劇を完結させるために「私」は選ばれたのである。……
(島田雅彦『漱石を書く』p154〜155)


 「先生」はすぐれて個人的な理由で死んでしまう。明治知識人の懊悩だとか高等遊民の苦悩だとかいうのはバカげている。まして「先生」が「明治の精神」を体現していたなどというのはつまらない冗談でしかないだろう。
 私には『こころ』がさほどの傑作には思えない。が、島田のような読みを可能ならしめてしまうところに漱石の面白味や奥深さがあるのだと思う。
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by syunpo | 2010-04-27 09:59 | 文学(夏目漱石) | Trackback | Comments(2)

深まりゆく〈狂気〉の世界〜『行人』

●夏目漱石著『行人』/新潮社/1993年9月発行(文庫改版版)

b0072887_1964173.jpg 『行人』の主人公は大学教師の一郎であるが、語り手は前半が弟の二郎、後半には同僚のHさんに替わる形式をとっている。視点が中途で転換してしまう語りの構造、核となる話の前段にいくつかの挿話が短編小説風に置かれる構成は、前作『彼岸過迄』と同じである。ただしそうした変則的なスタイルが『彼岸過迄』においては必ずしも成功しているとは言い難かったのだが、『行人』ではより洗練され、小説としてのバランスの悪さはかなり解消されている。

 一郎は妻・直との関係において不調を来しているばかりでなく、家庭でも社会でも孤立感を深めている。二郎は嫂にあたる直と微妙な関係にあり、一郎から疑いをかけられる。このような三角関係は漱石ではおなじみの構図だが、家族を巻きこんで兄弟間での葛藤を生み出している点で一層の生々しさが漂う。兄は弟に妻の貞操を試すことを依頼し、それをなかば受けた形の二郎は直と二人で出かけ、悪天候のため一夜を宿屋で過ごす羽目になる。その夜の描写など漱石の筆はいつになく官能的でスリリングなものだ。

 一郎は神経衰弱が高じて狂気的な状態に立ち至る。両親も二郎も手詰まりになり、最終盤では一郎の同僚Hさんに一緒に旅行をしてもらって局面の打開をはかろうとする。Hさんは二郎の依頼に応え、旅先での一郎の様子を長い手紙にしたためて送ってよこす。その手紙がこの小説における締め括りの役割を果たすことになる。一郎の狂気的な煩悶がHさんの視点から好意的に相対化されるわけである。一郎の苦悩には結局のところ救いはないのが、その事実をHさんによって認識されることでかろうじて救われる、という形で小説は終わるのだ。

 それにしても何という気鬱な世界であることだろう。しかも不思議なことに一郎は結局最後まで直と正面から向き合おうとしないのだ。一郎の病的なあり方や彼の口にする陳腐な女性観などを含め、私自身はこの作品をあまり好きになれない。

 とはいえ、一郎の孤立感は漱石自身の当時の文壇における孤立感とも関連していると思われるし、前半の二郎の友人・三澤の入院生活を描写した場面なども漱石の闘病体験が反映されているに相違ない。また初期の短編で漱石が関心を示していたテレパシーの問題がまた持ち出されたり、最終盤で一郎がHさんに悩みを赤裸々に打ち明けるくだりでは、後に「則天去私」の境地と呼ばれることになる漱石の世界認識の片鱗が顔をのぞかせているなど、漱石研究の観点からは軽視できない作品であることも確かだろう。
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by syunpo | 2010-04-02 19:11 | 文学(夏目漱石) | Trackback | Comments(0)

漱石のリスタート〜『彼岸過迄』

●夏目漱石著『彼岸過迄』/新潮社/1990年1月発行(文庫改版版)

b0072887_16101430.jpg 『門』の新聞連載が終った後、この『彼岸過迄』の連載が始まるまでに一年半の時を要している。その間に漱石は「修禅寺の大患」で生死の境をさまよい、その後も心身の不調が続いた。つまりこれは短いエッセイを除いて大病後の復帰第一作ということになる。

 漱石は本作の連載を開始するにあたりわざわざ最初に〈彼岸過迄に就て〉の章を設け一文を草した。そこで漱石はあらためてみずからの文学に対する基本姿勢をマニフェスト(宣言)的に言明している。
 当時隆盛していた「自然主義」や「象徴派」や「ネオ浪漫派」のごとく「文壇に濫用される空疎な流行語をかりて自分の作物の商標としたくない」、ただ「自分らしいものが書きたいだけである」というのである。
 文学史的には様々な論評が可能な言説だろうが、漱石自身の文学に対する自負や矜持だけでなく、作家当人や読者が作物(作品)を一定の文脈に押し込めてしまうようなあり方への強い違和感を唱えたものとしても受け取れるのではないのだろうか。

 さて、本作はよく指摘されるように『吾輩は猫である』や『坊っちゃん』など初期の調子の良い作品に比べるといささか新奇な説話構造を採っている。
 敬太郎の視点によって語り起こされる物語が、やがて周囲の他の登場人物の語りとなって展開していくのである。つまりこの作品では核となる視点が設定されていない。当然、作品に一貫する大きな物語の流れもなく、敬太郎と同じ下宿に住む森本をめぐる逸話、敬太郎の就職活動で世話になる田口との交渉、田口から「探偵」的な仕事を仰せつかって尾行することになる男・松本の話、田口と親類関係にある友人・須永市蔵と田口の娘(市蔵の従妹にあたる)の千代子との関係……などなどがオムニバス風に次から次へと語られていくのである。

 無論、敬太郎以外の人物が中心となるいかなるエピソードにあっても敬太郎は話の聞き役として終始潜在していて、小説の終結時にはまたはっきりと敬太郎の視点に回帰してくるのだが、とにもかくにもこのように視点が変転していく叙述形態は当時にあっては風変わりであったかもしれない。

 いくつか語られる挿話のなかで、もっとも重要だと思われるのは須永市蔵と千代子との関係をめぐる〈須永の話〉であろう。この二人は幼い頃に互いの両親との間で「縁談」の話がついているのだが、その二人の関係をめぐって大人になって以降も当人たちはもちろんのこと、互いの家族もそれぞれの思惑を抱いて振る舞っている。やがて市蔵と千代子の前に高木という男が出現するに及び、市蔵の心はかき乱される。漱石の一つのテーマである「三角関係」がここでも明瞭に浮上してくるのだ。高木という第三者が侵入してくることで、市蔵は千代子に対する感情をより強く意識するようになる……。

 ところで、この小説の前半では敬太郎が就職活動の途上でふとしたことから占いをしてもらう場面がでてくる。そこで彼は文錢占いの婆さんから「自分の様な又他人の様な、長い様な又短い様な、出る様な又這入る様なものを持って居らっしゃるから、今度事件が起ったら、第一にそれを忘れないやうになさい」という助言を与えられる。

 敬太郎は、それを出奔した森本から譲り受けた形の手製のステッキであると解釈し、以後、それを持ち歩くようになる。だが、占い師の言葉に含まれる「両義性」は必ずしもモノだけに象徴されるわけでもないだろう。この一見禅問答のような物言いの「両義性」が、この作品を薄い被膜のように覆っているように私には思われるのだ。

 市蔵の千代子に対する思いは、愛しているような愛していないようなものだし、千代子の市蔵に対する態度も、結婚を望んでいるような望んでいないような、どちらとも取れるようなものである。また終盤で明かされる市蔵の出生の秘密も、母親との心理的関係がつながっているようなつながっていないような状態をもたらしてしまう。さらには市蔵の出生の秘密を明かすことになる松本の彼に対する感情もまた憎んでいるような憎んでいないような矛盾を抱えたものである。

 敬太郎という「探偵」的な青年は、文字どおり「探偵」としての役割のみを務めあげ、ついに彼らの劇に入っていくことはできなかった。そこが物足らないところでもあり仕合せなところでもあった、とみずから総括する。
 敬太郎が見聞した人々の劇は結局のところ終わったようで終わらない。

 一命をとりとめた漱石もまた漱石なりの態度で、未だ物足らなくもあるが仕合せな気分を感じないでもない、あるいは他者を語っているようで自己を語っているような、さらには終わりがあるようで終わりがない、二律背反的な困難の道(=文学の道)を再びある決意をもって歩み始めようとしたのではなかったか。
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by syunpo | 2010-03-15 21:55 | 文学(夏目漱石) | Trackback | Comments(0)

前期三部作の掉尾を飾る〜『門』

●夏目漱石著『門』/新潮社/2002年11月発行(文庫改版版)

b0072887_21565949.jpg 『門』は、いわば『それから』のそれからを描いた作品と位置づけられ、『三四郎』とあわせて三部作として一般に論じられている。ただ前二作に比較すると物語の起伏に乏しく、とりわけ前半はなんとも辛気臭い。

 親友の安井から同居女性の御米を略奪して結婚した宗助は、身をこごめるようにして二人でひっそりと暮らしている。「電車の終点から歩くと二十分近くも掛かる山の手の奥」の「廂に逼る様な勾配の崖」の下に建つ薄暗い借家に住み、毎日定刻に役所に勤めにでるという慎ましい公務員生活を送る日々。
 宗助の実弟・小六の処遇をめぐって、さらには父の遺産処理を一任した問題で、親戚の佐伯家と交渉すべき懸案を抱えているが、これをてきぱきと解決しようとする熱意も行動力もみえず、御米もまた何事かに熱中している風もなく、二人の時間はただ単調に過ぎて行く。

 この小説の基調を成す主題はいうまでもなく三角関係である。『それから』にみられた三角関係の葛藤が本作では事が成った後の問題として、より深刻に内省的に深められていることはたしかだが、それについてはすでに多くの読解が提起されてきた。

 ここでは、崖の上にある家主の坂井家との関係について考えてみたいと思う。
 坂井家は宗助の家と崖の上下、ほぼ隣接する位置関係にあるのだが、訪問するときには「通りを半町ばかり来て、坂を上って、又半町程逆に戻らなければ」ならず、完全なお隣さんというわけでもない。近くて遠い、いわば宗助夫妻と社会との微妙な距離感が、そこには暗喩されているようにも読める。

 坂井家は子供の多い賑やかな一家であり、坂井は好事家であり、物質的にも精神的にも余裕のある暮らしをしている。あらゆる意味で宗助の家とは好対照をなす。
 当初はさほどの付き合いはなかったものの、坂井家に泥棒が入ったのを切っ掛けに宗助と坂井の親密な交際が始まる。しばらくして宗助が手放した抱一の屏風が坂井の手に渡っていることが判明する。さらには坂井の実弟の友人として安井が坂井家に招かれていることを知り、宗助はたちまち不安と恐怖に嘖まれるようになる。

 崖の上に住む坂井家は、偶然にも宗助と関係のあった人やモノのネットワークの結節点ともなっているわけで、それは社会そのものが孕みもつ偶然性を含めた関係性に満ちた機縁的な場を表象するものともいえる。心ならずもそうした世間と繋がった「門」を横目に見るようにしながら、宗助と御米は生きていかねばならない。

 冒頭、縁側で秋日和の日を宗助は味わっている。終結部においても同様に、縁側に出て春の麗らかな日を感じている場面に回帰する。秋から春へ。季節は経巡るが、それは直線的な移ろいではなくあくまで循環的なものである。すなわちこの夫婦の刺戟を欠いた円環的な生活もまた(微妙なズレを孕みながら)なお続いていくことが予想されるような形で、小説は終わる。

 一見単調な構えのこの小説には、それ故に人間という存在に不可避の不安や危機が描出されているようにも感じられ、その意味からも興趣は尽きない。
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by syunpo | 2010-01-31 22:26 | 文学(夏目漱石) | Trackback | Comments(0)

高等遊民の“悲劇”的恋愛〜『それから』

●夏目漱石著『それから』/新潮社/1985年9月発行(文庫改版版)

b0072887_1711199.jpg 標題の「それから」にはいくつもの意味がこめられていることは作者当人が解説している。前作《三四郎》では大学生を描いたが本作ではそれから先のことを書いたから「それから」である、というのが一つの所以だ。
 もっともここでの主人公・代助は三四郎ほど初心でも無知でもなく、病的なほどに自意識が肥大化していて、世の中に対し斜に構えた人物として描かれている。実情は三十才にもなりながら定職に就かず親のスネをかじって毎日遊び暮らしているプータローにすぎないのだけれど、当人は「高等遊民」を気取っている。これまでの漱石作品の主人公のなかでは最も魅力に乏しい人間の一人ではないかと思う。

 父も兄も「日露戦争後の商工業膨張」の時代を背景に胡散臭い立ち回りをしながら蓄財したに違いないと代助は思っている。何より「食うために働く」ことに欺瞞を見出している代助であるが、しかしそういう彼自身が「食うために働く」肉親たちの金銭的支援を受けて暮らしているのだから、最初から代助の言動は矛盾しているといわねばならない。

 この小説の主題は姦通である。
 かつて友人の平岡に周旋した三千代と再会した代助は、この女性を愛していたことに今さらながらに気付き、初めて熱誠的に行動しようとする。一方で実家からはある縁談を持ちかけられている。そこで代助の煩悶がピークに達する。もちろん彼の煩悶など多くの一般読者には共感しがたい、吹けば飛ぶような贅沢なものといえる。この小説を漱石の最高傑作の一つに数える論者は多いけれど、私にはこの作品の読みに今でも難渋するところがある。

 柄谷行人は巻末の解説で述べている。

 ……おそらく、この新興ブルジョア社会に対して、『吾輩は猫である』のように諷刺的であったり、『野分』のように怒号したりするかわりに、漱石は“姦通”を正面から選んだといってもよい。もともと“姦通”は、そのような反ブルジョア的な動機をはらんだ主題なのである。(p298)

 なるほど。西洋の“姦通小説”に関する素養が漱石にはあったし、その主題の特権的性格も理解していた、という柄谷の文学史的な指摘には毎度のことながら勉強させられる。
 かくして人妻を奪取した代助はブルジョア階級たる実家から放逐され「職業」をもとめて日盛りの街中へと飛び出していくよりほかなかった。

 ところで、一九八五年に森田芳光がこれを映画化してずいぶんと高い評価を得たのだが、いささか奇を衒ったようなキャスティングに私はあまり楽しめなかった。松田優作には代助の神経症的な雰囲気があまり出ているように感じられなかったし、父親を演じた笠智衆は昔風のキャラはそれなりとしても、若い愛人を囲っているスケベ親爺、息子の政略結婚を企む打算の人という脂ぎった感じはもう一つ伝わってこなかったなぁ。
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by syunpo | 2010-01-23 17:16 | 文学(夏目漱石) | Trackback | Comments(0)

永遠の“青春小説”〜『三四郎』

●夏目漱石著『三四郎』/新潮社/1988年1月発行(文庫改版版)

b0072887_18505453.jpg 熊本から上京して大学生活を開始する三四郎に我が身を重ねて共感を寄せる若い読者の多い青春小説、という以上に、文学者・文化人の間においても漱石といえばまず本作を挙げる者——吉本隆明、司馬遼太郎、ドナルド・キーン、姜尚中、藤本義一、等々——が昔から多い作品である。

 もっとも、三四郎自身は《坊っちゃん》のように大立ち回りを演じるわけでもなく、《猫》のように周囲の人物について諧謔的な分析を行なうわけでももちろんなくて、受動的かつ純朴なキャラクターに設定されている。一人の若者の成長譚というには描かれた時間のスパンは短すぎるし、恋愛小説と言い切れるほど三四郎と美禰子との関係ばかりに描写の力点がおかれているわけでもない。
 どこが面白いのか私には巧く表現できないが、それでもやはりこの小説は面白い。いっそ小林秀雄風に「文学の面白さといふ様なものはない。面白い文学があるだけである」と言ってしまおうか。

 集英社文庫版に解説を書いている小森陽一によれば、この小説は新聞連載小説として極めて同時代的なアクチュアリティをもっていたらしい。たとえば「団子坂の菊人形などの都市イベントは、あるときは予告的に、またあるときは追体験的に、実際の生活の中で三四郎たちと共に生きることが可能であったわけで、現代における都市情報誌のような役割を、この小説がはたしていたともいえる」。とすれば、田中康夫の《なんとなく、クリスタル》的な創作活動を漱石が七〇年余も先駆けて行なっていたといえなくもない。

 とはいえ、ここに描かれた大学生の生活は当然ながら現代とはずいぶん趣の異なったものだ。大学(生)というものの価値が今とは違ってもう少し高く見積もられていたであろうし、また三四郎が学ぶ「文学」にしても、その権威や力は現代とは段違いに認定されたものとしてあっただろう。三四郎の友人・与次郎が文芸誌に広田先生を賞賛する論文を執筆しそれが学生の間で少なからぬ話題を呼んだりする、というのも今では考え難い想定である。(文科の)大学生にとっては良き時代であったのだ。

 そのような時代の情景に接するということじたいが漱石を読むことの一つの面白味には違いない。それは日本近代の活力に触れることであり、同時に彼らの感じた葛藤を歴史的に想起することでもある。ああ、こうしてわが国家は近代というものを体験し「経済大国」への礎を築いていったのか、と。

 三四郎に我が身を重ねるというよりも、後世に生きる者として私は慎ましく三四郎ワールドを追体験する。彼と共有できるものよりも共有しえない事柄の方に今の私は関心をもってしまう。私たちが今歩んでいる道を踏み固めた先達たちの苦闘の足跡のようなもの。その轍を辿ることは、もちろん私自身を知ることでもあるのだが、簡単に「三四郎は私だ」と言ってしまうのは不遜のような気がするのである。
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by syunpo | 2009-09-07 19:00 | 文学(夏目漱石) | Trackback | Comments(0)