ブックラバー宣言


コラムニスト・吉本俊二の書評ブログです。
by syunpo
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
検索
記事ランキング
最新の記事
カテゴリ
以前の記事
最新のコメント
最新のトラックバック
マーラーが死の前年に書き..
from dezire_photo &..
経済成長がなければ私たち..
from 天竺堂の本棚
『せつない(新訳 チェー..
from 施設長の学び!
カール・マルクス『ルイ・..
from 有沢翔治のlivedoorブログ
愛国の作法
from 蔵前トラックⅡ
雑考 自由とは何か④
from 読書メモ&記録
東浩紀 『クォンタム・フ..
from 身近な一歩が社会を変える♪
純粋に哲学の問題だ「ベー..
from 夕陽の回廊
バーンスタインのミュージ..
from クラシック音楽ぶった斬り
memento mori..
from 試稿錯誤
タグ
ブログジャンル

カテゴリ:映画( 23 )


浪花はシネマの都だった!?〜『大阪「映画」事始め』

●武部好伸著『大阪「映画」事始め』/彩流社/2016年10月発行

 b0072887_19164775.jpg映画の都といえば、多くの人は京都や東京を想起する。実際、この両都市と映画との関わりについてはすでに多くの言及がなされてきた。しかし大阪だって映画の黎明期においては負けていなかった。

 大阪は日本で最初にスクリーン投影式の映画興行が行なわれたところだというのは周知の事実である。著者はそれ以外にも映画にまつわる「事始め」を発掘した。活動弁士の祖は大阪人。日本最初のスター弁士は大阪人。本邦初の映画本を出したのは大阪の出版社。野外上映イベントの先がけとなったのは大阪……。活動写真から映画へと普及・発展していく過程で、大阪は様々な貢献を果たしてきたのである。

 エジソンと交渉としてヴァイタスコープを入手した荒木和一は、一八九六年(明治二十九年)、難波の福岡鉄工所でヴァイタスコープの試写を成功させた。その翌年には、京都の稲畑勝太郎がフランスのリュミエール兄弟から購入したシネマトグラフを使って大阪の南地演舞場で一般興行をおこなった。地元の京都で興行しなかった理由は不明だが、初日の上映風景の様子は大阪毎日新聞でも報じられ、連日大盛況が続いたという。ヴァイタスコープの一般興行もそれにやや遅れて新町演舞場で始まり、大阪ミナミを舞台に二つの〈動く写真〉が公開されたのである。

 活動弁士の元祖というべきは、一八九六年に南地演舞場でキネトスコープが公開された時、登場した上田布袋軒である。布袋軒とは義太夫の竹本津太夫の弟子として授かった名であった。生粋の浪花っ子なのに歯切れの良い江戸弁で語っていたらしい。

 稲畑勝太郎のシネマトグラフが初公開されてから二ヶ月後、『自動寫眞術』という本が出版された。自動寫眞とはシネマトグラフのことである。筆者は大東楼主人、発行元は大阪出版館。これが日本最初の映画本と著者は特定している。

 野外上映イベントの先がけとなったのは、大阪・浜寺海水浴場で催された『活動写真競技会』。一九一〇年、大阪毎日新聞社が主催した。競技会となっているが、別に作品の優劣をつけるものではなかった。無料で自由観覧、映画はお金を払って観るものという概念を打ち破ったことは画期的であった。このイベントを機に新聞社や自治体主催で大規模な野外上映会が各地で行なわれるようになったという。

 一九〇七年に活動写真の常設館「電気館」が大阪・千日前にできて以降、建設ラッシュが起き、東京・浅草と並ぶ大映画街として発展した、という話も興味深い。また昭和金融恐慌のさなか、山川吉太郎が大阪で創業した帝国キネマが長瀬撮影所(現在の東大阪市)を建造し「東洋のハリウッド」と呼ばれた、という日本映画史の一コマも今では知らない人の方が多いだろう。私も知らなかった。

 大阪では定番テーマとなっている地元自慢の一冊といえそうだが、埋もれた映画史を掘り起こしたという点では意義深い仕事といえるだろう。元新聞記者らしく周到な調査で日付や場所をきちんと詰めようとする姿勢にも好感をおぼえた。
[PR]

by syunpo | 2016-11-02 19:20 | 映画 | Trackback | Comments(0)

哀悼という視座のもとに〜『テロルと映画』

●四方田犬彦著『テロルと映画 スペクタクルとしての暴力』/中央公論新社/2015年6月発行

b0072887_2182740.jpg 映画産業はこれまでテロリスムを主題として多くのフィルムを製作してきた。というより映画はテロリスムが本来的に抱いているスペクタクル性を借り受けることで、産業として発展してきた。その意味では、書名が示すとおりテロルと映画とは切っても切り離せない関係にあり、スペクタクルとしての暴力性を共有してきたといえる。

 両者の関係を詳しく考察するにあたって四方田は次の二つの認識を出発点にする。
「テロリスムが人間に向かって何かを訴えるときには、つねに映像メディアを媒介とし、スペクタクルの形態をとる」ということ。
「テロリスムの印象がつねに映像によって大きく影響され、固定されてしまうため、人は現実に生起した事件と映像との間に境界線を引くことができなくなり、虚構の映像をしばしば事件の真実だと記憶してしまう」ということ。

 この二つの認識をもとに、そこからテロリスムと映画はどう切り結んできたかを具体的な作品をとおして分析していくのである。
 前半、《ダイ・ハード》などを俎上にのせながらハリウッドがいかにテロリスムに関するステレオタイプの認識形成に寄与してきたかを論じるくだりは四方田らしいシビアな筆致で、無邪気なハリウッド信仰に痛烈な一撃を加えるものだろう。

 そのあと四人の映画作家が召喚される。ルイス・ブニュエル、若松孝二、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー、マルコ・ベロッキオ。何故この四人なのか。
「テロリスムが本来的に携えているスペクタクルとしての性質を、同じくスペクタクルを旨とする表象体系としての映画のなかで分析的に探究し、テロリスムに代替し、テロリスムを克服するものが可能であるかを検討しようと努めてきた」監督たちだからである。

 ブニュエルにとってテロリスムは世界を覆う深刻な病気であるが、より深刻であるのは、それが日常化してしまい、誰もがもはや無感動の域に達してしまったことである。テロリスムが脅威的であるとすれば、それはイデオロギーとしての科学と結託しているからだ。ブニュエルは科学者の自己反省に最後の希望を見ようとしていた。

 若松はテロリスムという現象を間近に引き寄せ、その組織が抱え込んでいる欺瞞と背信、階層的制度を批判的に見つめた。彼が常に国家権力に対峙する形で映画を撮ったことはよく知られているが、結果的にはテロ組織も同様の欺瞞と相互監視システムによって組み立てられていることをアイロニカルに描きだすことになった。

 ファスビンダーはテロリスムを生み出した社会をその根源にまで遡って批判しようと試みた。その結果判明したのは、病巣が自分の足元にまで達しており、批判する主体であるみずからを作りだしたのも同じ病巣であるという事実だった。

 ベロッキオの映画への貢献は、テロリスムを分析するにあたってジェンダーと無意識の理論を導入したことにある。組織の周縁に置かれた人物を視座として借り受け、テロリスムの根底にある死への欲動とフェティシズムの構造を解き明かそうとした。

 この四人の映画作家たちにとって、テロリスムとは単に外部から到来する凶悪な悪でもなければ、麗しき過去の追憶であるはずもなかった。表現のスタイルや認識に相違はあったとしても、テロリスムに誠実に向かい合ったという点で映画史にはっきりと足跡を残したといえるだろう。

 こうしてテロルと映画の関係を作品に即して検討した四方田はベンヤミンを引きながら「哀悼的想起」なる概念を提起する。
 すなわち悲嘆とはどこまでも個人が個人の次元において体験するものであるが、哀悼は個人を越えて社会のなかで成立する。同じように、哀悼的想起もまた個人を越え、より広い次元において社会全体が服さなければならない作業であると考えられる。もし歴史家に役割があるとすれば、それは本来は悲嘆であったものを服喪へと変えることではないかとベンヤミンは論じた。だが同時にそれは詩人から映画監督まで芸術家がなすべきことでもあるのではないか。

 映画の役割とは、ベンヤミンの説く歴史に似ている。それは哀悼的想起を組織することである。それはテロリスムをめぐって世界に散乱している悲嘆を掬い上げ、纏め上げ、哀悼という視座のもとに世界を認識し直すことにほかならない。(p181〜182)

 本書は映画研究者としての矜持と見識を力強く示した好著といえる。
[PR]

by syunpo | 2015-07-15 21:15 | 映画 | Trackback | Comments(0)

われわれは生き延びる〜『民族でも国家でもなく』

●李鳳宇、四方田犬彦著『民族でもなく国家でもなく 北朝鮮・ヘイトスピーチ・映画』/平凡社/2015年4月発行

b0072887_20245646.jpg この二人の対談集としては『先に抜け、撃つのは俺だ』『パッチギ! 対談篇』に続く第三弾ということになる。前回の対談時に比べ、日韓関係は悪化した。しかも四方田は大病を患い、李は自身が築いた会社シネカノンを去るという経験をした後ということもあって楽観的な雰囲気は薄れ「社会の現状に対する不安や怒りが正直な形で現れ」る対話となった。

 話題は多岐にわたる。在日コリアンの文学をめぐる状況。ヘイトスピーチ。台湾、韓国の学生運動。神事としての相撲。外国人によるヤクザ研究……。
 四方田が酒井法子を弁護するかと思えば、李はセルジオ越後の活動を賞賛する。四方田と高円宮との興味深い交友関係が語られたあとには、李は修学旅行で平壌の外国人病院に入院してブルキナファソの陸軍大尉と同室した体験談を披瀝する。

 あれやこれやのトークが展開されたのち、本業の映画談義は最終盤にあらわれる。李が〈エンターテインメント映画/芸術映画〉〈フィルム/ビデオ〉という毎度おなじみの二分法を維持しながら語るくだりに対しては、四方田がもう少し複層的な認識を示して議論が凡庸に流れるのを修正しているのはさすがというべきか。また李が手塚治虫全作品の映画化の企てを明らかにすると、四方田も強い関心を寄せてエールをおくっているのが印象深い。

 死んでしまえばすべては灰と燃殻となり、傷は残らない。傷跡が残っているということは、生き延びたという意味だ。それは傷を克服し、傷に打ち勝ったという意味だ。
 ……竹内好の言葉を引きながら、四方田は李と長い対話をしようと思ったと冒頭で述べている。そう、二人にはいつまでも生き延びて、私達に熱い映像と言葉をおくり続けて欲しいと願わずにはいられない。
[PR]

by syunpo | 2015-06-08 20:30 | 映画 | Trackback | Comments(0)

映画、この不条理への信仰〜『映画時評 2009-2011』

●蓮實重彦著『映画時評 2009-2011』/講談社/2012年5月発行

b0072887_21203167.jpg 『映画崩壊前夜』につづく蓮實重彦の映画時評集。雑誌「群像」での短いレビューを中心に編んでいる。これまで蓮實が熱っぽく語ってきた映画作家の作品が大半で、その点では変わりばえはしないけれど、ウディ・アレンを俎上に載せているのは珍しいかもしれない。

 蓮實独特の語彙を駆使した時評はやはりおもしろい。《チェチェンへ アレクサンドラの旅》を「無条件にのめりこむことのできるまぎれもない傑作」として絶賛し、イーストウッドの《チェンジリング》をめぐってはヒロインの赤い唇と赤い路面電車に着目して「思いがけない画面のつらなり」の魅力を浮かび上がらせる。

 ウディ・アレンの《それでも恋するバルセロナ》では、アマチュアをプロフェッショナルに演じさせることの作家的な野心について語り、イーストウッドとスパイク・リーの口喧嘩をマクラに振って《セントアンナの奇跡》を論じる口ぶりは、この作品の重い題材にも関わらず、どこか愉悦感を帯びている。
 努力と勤勉さの痕跡がこれみよがしにきわだつことのない作品として《イングロリアス・バスターズ》を称揚したかと思えば、《アウトレイジ》の導入部の贅沢な演出ぶりを具体的に指摘してみせる。

 私自身、必ずしも深く理解しえたとは思えない《ゴダール・ソシアリスム》や黒沢清の《トウキョウソナタ》に関する論考には教えられるところが多かった。巻末に収められている青山真治との対談も興味深い。
[PR]

by syunpo | 2012-06-14 21:31 | 映画 | Trackback | Comments(0)

考古学または生物学的な方法による〜『ゴダール映画史』

●ジャン=リュック・ゴダール著『ゴダール 映画史』(奥村昭夫訳)/筑摩書房/2012年2月発行

b0072887_20101910.jpg 本書はジャン=リュック・ゴダールが一九七八年にモントリオール映画芸術コンセルヴァトワールで行なった映画史についての講義を収めたものである。ゴダール映画の一つの特徴として即興演出が挙げられるが、この講義もまたあらかじめ組立てられた厳密な構成をもって為されたものというよりも、あふれ出てくる言葉をきちんと統御せぬまま、思いのままに語られた言葉の連なりという印象が強い。そこが本書の面白味でもあり難点でもあるといえるだろう。

 ゴダールの語りに慣れない読者には人を食ったような発言にシラける向きもあるかもしれないが、彼のフィルムに親しんできた読者にとってはつい引用したくなる言葉がそここにちりばめられている。

 映像というのは、ある社会とかある国民とかいったものの、健康な状態よりはむしろ病気を表わすなにかなのです。(p149)

 映像は必然的に自由なもので、映像がなにかを禁止したり、なにかを許可したりすることはないのです。(p257)

 映像には嘘をつかなければならない理由はなにもありません。たしかに、映像に嘘をつかせることはできます。(p445)


 またゴダールは「私は一度も、批評を書くことと映画をつくることを区別して考えたことがないのです」と繰り返し述べている。ゴダールの映像に引用が多いのもそれ故のことだろう。この講義から二〇年の後、ゴダールは文字どおり壮大な『映画史』を完成させる。本書はテクストによって構成された「映画史」であり、映像作品としての『映画史』への良き手引きともいえそうだ。
[PR]

by syunpo | 2012-06-05 20:17 | 映画 | Trackback | Comments(0)

映画界の異端児と女神の物語〜『ゴダールと女たち』

●四方田犬彦著『ゴダールと女たち』/講談社/2011年8月発行

b0072887_8362099.jpg オビに付されたキャッチコピー「女に逃げられるという天才的才能」という言葉は大島渚を引用したものである。女に逃げられるというのも一つの才能であり、ゴダールはそのような才能に恵まれているというわけだ。

 そこでゴダールとゆかりのあった女性五人がここに召喚される。ジーン・セバーグ、アンナ・カリーナ、アンヌ・ヴィアゼムスキー、アンヌ=マリ・ミエヴィル、そして番外としてジェーン・フォンダ。

 五人の女性たちがゴダールとどう関わり、相互にどのような影響・刺戟を与えあったのか。作品をとおして、伝記やみずから行なったインタヴューをとおして、そうした問題を検証していく。極めて戦略的な方法でゴダールへのアプローチを試みたのである。
 四方田のいうようにゴダール論というとマニアックな偏愛に彩られた文章か現代思想の語彙を導入したアカデミックな論文かということになるのだが、そのような議論の定型から逸脱すべくちょっと肩の力を抜いて女性との関連からゴダールを語るというのもゴダール論再活性化への一つの挑戦といえるかもしれない。実際、本書の叙述には難解なところはまったくない。
 とりわけアンヌ=マリ・ミエヴィルとの関連に触れた最終章は盲点をついていると思う。あらためてゴダールの作品を見直してみたくなった。
[PR]

by syunpo | 2011-09-19 08:41 | 映画 | Trackback | Comments(0)

不意に何かがわかってしまう瞬間〜『映画長話』

●蓮實重彦、黒沢清、青山真治著『映画長話』/リトルモア/2011年8月発行

b0072887_18522271.jpg ……「わかる人にはわかる」というのは、いつかは理解者に出会えるかもしれないというロマンチックな夢想ではありません。ごく内輪の「わかった、わかった」という仲間同士のうなづきあいでもありません。また、作品の正しい理解に基づいたものでもありません。わかろうとしていたわけでもないのに、不意に何かがわかってしまうという瞬間は、生きている現在をゆるがせて優れて現実的な体験そのものなのです。それが映画にはある。(蓮實重彦、p332)

 鼎談形式の映画談義といえば、本書の冒頭でも言及されているように、淀川長治+蓮實重彦+山田宏一による『映画となると話はどこからでも始まる』が思い出される。内容は粗方忘れてしまったけれど、映画の素養という点ではおそらく世界でも最高水準にあった先輩の批評家に対する後輩二人のリスペクトが嫌味なく言葉に結晶していたということだけは印象に残っている。
 話者が批評家であれ実作者であれ、通常、映画についてのお喋りをそのまま本にしても、たいしておもしろい本にはならない。気心の知れた人間同士のトークが必然的に帯びるであろう放埒や無責任さの中に、それを忘れさせるだけの「活劇的言葉」をどれだけ紛れ込ませることができるかが良書と駄本の分かれ目になるだろう。

 本書は時に立教ヌーベルバーグとも称されたムーブメントを先導(扇動?)することになった批評家とその教え子の映画作家二人による鼎談集である。
 蓮實の真骨頂は「これは良い」「あれはダメ」という根拠のない断定口調にある。それを爽快と思わず単に傲慢だと感じる常識的な人には、このような本は無用である。傲慢だけど面白いからまぁ良いかという態度もありうるのだが、私がいつまでも蓮實の本を読み続けているのはたぶん蓮實の傲岸不遜な言辞が昨今の映画批評の弱点を見事に衝いていると感じられるからだろう。一見枝葉末節な事柄をめぐってあの監督この批評家を斬って捨てていくようにみえても、基底には「見えないものについて抽象的に語るのはやめたい」という蓮實の当初から変わらぬ姿勢が一貫して維持されていることは疑えない。
 もっとも実作者たる黒沢の立場はもう少し微妙で、辛辣さを戒めつつ場の緩衝的な役割を演じている風な場面もみられる。

 辛辣さが頭をもたげてくると、これもだめ、あれもだめ、となってしまう。映画って、否定的な態度では撮れないじゃないですか。こんなくだらないのもいいかもしれない、俳優のこの一見どうしようもない芝居もひょっとしたらいいかも、曇っているこの天気も案外いいかもとか、どこか底抜けな楽天性みたいな、辛辣と真逆な態度でないとなかなか撮れないと思う。(p215〜216)

 鼎談の仕掛け人である青山に関しては、冒頭で謙遜めいた言葉を吐いてはいるものの、なかなかの勉強家ぶりがうかがわれ、ますます彼の次回作が待ち遠しくなった。
[PR]

by syunpo | 2011-08-16 19:02 | 映画 | Trackback | Comments(0)

異色の映画人外伝〜『酔眼のまち ゴールデン街』

●たむらまさき、青山真治著『酔眼のまち──ゴールデン街 1968〜98年』/朝日新聞社/2007年11月発行

b0072887_19153965.jpg 映画キャメラマン・たむらまさきが新宿ゴールデン街を、映画を、熱く語る。何度も組んでいる映画作家・青山真治が聞き手となっているが、構成は基本的にたむらの一人語りという形式をとる。
 たむらは岩波映画社製作所の契約スタッフとして修業を積んだ後、小川紳介の《日本解放戦線 三里塚》でデビューを果たす。その後は《竜馬暗殺》《さらば愛しき大地》《ニッポン国 古屋敷村》《火まつり》《タンポポ》《ウンタマギルー》《萌の朱雀》《美しい夏キリシマ》などいくつもの話題作・秀作を手がけてきた。

 書名にもあるとおり、新宿・ゴールデン街の懐古談が本書の骨格を成している。そこには映画関係者のほか演劇人や音楽家、作家など様々な文化人が集っていた。そこで形成された人脈が様々な形でたむらを養うことにもなった。武満徹や中上健次、松田優作、姫田真佐久らの故人を含めて多彩な人びとが登場してはたむらの回想に付される。
 もちろんゴールデン街論と渾然一体となって語られる映画談義も貴重である。宿舎では多くを語るが現場には姿をみせず撮影はキャメラマンに任せていたという小川紳介。自分で準備してきたコンテどおりの撮影を求めた伊丹十三。スポーツ感覚で長回しにトライしていた相米慎二。……などなどそれぞれの監督たちの仕事ぶりを簡潔に切りとっていくたむらの「証言」はなかなかにおもしろい。

 戦後ニッポンの移り変わりが、新宿ゴールデン街と映画界という二つの世界を通して浮き彫りになる。結果として単なる映画論ではなく一つの都市文化論にもなっている。
[PR]

by syunpo | 2011-07-05 19:27 | 映画 | Trackback | Comments(0)

必要なのはカツゲキだ!〜『シネマ21』

●青山真治著『シネマ21 青山真治映画論+α集成 2001-2010』/朝日新聞出版/2010年2月発行

b0072887_19322672.jpg 青山真治が優れた映画作家であることは、いわゆる北九州サーガ三部作いや『ユリイカ』一本観ればすぐさま了解しうることである。そして書き手としての青山真治は、小説の方はひとつも読んでいないので何ともいえないが、映画批評家としても卓越していることは本書一冊読めば充分納得できるだろう。

 もっとも青山の映画論は本人が何度も言及しているとおり立教大学時代に薫陶を受けた蓮實重彦の影響が良くも悪しくも如実に表れている。その影響のもとに、ジョルジュ・アガンベンやジャック・デリダ、柄谷行人らを引いてアメリカ映画を概観する本書前半の本格的批評は、凡百の映画監督の手になる随想の類とは一線を画す深い洞察力を感じさせるものの、思想家から借りてきた大仰な言葉遣いがどこかよそよそしい印象を与えぬでもない。それよりも、後半に収められている軽妙な日記風エッセイの方に文筆家・青山真治の良さが出ているように思う。少なくとも私はそちらの方が楽しめた。

 なかでも映画=カツゲキ論がおもしろい。青山のいう《カツゲキ》とは、「チャンバラやドンパチなど男臭いアクション」という意味を超えて「人間が生きる上で行うすべての行動・表現活動」を「繊細な運動の集積としての《カツゲキ》」と考えるというものである。その意味では、溝口健二『残菊物語』の森赫子の一挙一動も《カツゲキ》ということになる。映画の《カツゲキ》性に注目するということは、映画のなかに「意味」を見いださずにはおれないような見方に異議を唱える態度でもある。

 また青山真治といえばカンヌやヴェネチアなど国際映画祭の常連で、映画の内容はともかくも、その活躍ぶりについては華やかなイメージがつきまとう映画人の一人だと思うのだが、それ故のプレッシャーもかなりのものらしい。世界を相手に奮戦している映画作家としての苦しみを吐露しているくだりは批評家・青山ではなく、当然ながら実作者・青山の顔になるのだが、それもまた一興だろう。

 そのほか愛妻・とよた真帆とその母アケさんにまつわる挿話などはなかなか愉しいし、青山組ではおなじみの役者たち──ソウルマン・光石研、サービスの人・浅野忠信、感動的ダメ人間(?)・斉藤陽一郎──についての文章も良い。最後はちゃっかりと「はっぴぃえんど」の親孝行物語で締めくくるピースフルな本なのであった。
[PR]

by syunpo | 2011-06-05 19:46 | 映画 | Trackback | Comments(0)

資本論がスクリーンに甦る!?〜『シネキャピタル』

●廣瀬純著『シネキャピタル』/洛北出版/2009年5月発行

b0072887_222873.jpg 映画のミヤコ・京都から跳び出してきたユニークな映画論である。ジル・ドゥルーズの大冊『シネマ』全二巻をベースにマルクス的思考にも知恵を借りながら映画を語る。〈映画=資本〉すなわちシネキャピタル。労働だとか剰余価値だとか革命だとかいった語彙が頻出する記述は文字どおり〈映画資本論〉といった様相を呈しているのだが、もちろんそれは古典的マルクス主義とはあまり関係がない。ありていにいえば、一種のパロディとして資本論風に映画を論じたといった方が適切かもしれない。

 それにしてもマルクス経済学の手垢にまみれた語句をキーワードに取り込んで、ドゥルーズのシネマ論を今に甦らせながら映画における「革命」を軽やかに謳う筆致には知的な運動神経の良さを感じさせる。

 ドゥルーズの「普通のもの/際立つもの」という二分法を転用して「普通のものたちの協働が際立つものを剰余価値として生産する」装置として映画を認識し、そのうえでヒッチコックの作品にコミュニズム的なあり方を見出す。
 ドゥルーズはまた「純粋に光学的音響的な状況」をたとえば小津安二郎に探り当てて評価しているのだが、それを廣瀬は「労働を拒否し自律的なやり方で自分の生を生き始めるプロの失業者としての普通のイメージ」と読み替え、小津の再吟味にいそしむ。
 一人二役を好んだマキノ雅弘を「余分な価値が生み出されるように同一のイメージの回帰を組織」しえた映画作家として、経済とのアナロジーで論じるあたりの「インチキ」な叙述ぶりなど、映画そのものの「インチキ」ぶりに見事に拮抗していて愉しい。
 無論このように要約してみたところで、何のことだかよくわからないだろう。廣瀬のシネマ論は情報ではなく運動そのものとしてあるのだから、そもそも要約にはなじまない、というべきかもしれない。

 ちなみに、ここにはいくつもの映画作品(ヒッチコック《鳥》《めまい》、ロメール《獅子座》、ゴダール《新ドイツ零年》などなど)が具体的に名を挙げられ、分析の対象とされているのだが、これらをあらためて見直したくなる思いを喚起する度合いはたとえば淀川長治や蓮實重彦を読んだ時に比べればいささか弱いだろうと思う。本書の面白さはあくまで著者のエクリチュールそのものにあるのだから。
 いずれにせよ、編集もなかなか洒落ているし、充分に剰余価値として「際立つもの」を感じさせる本にはちがいない。
[PR]

by syunpo | 2010-12-07 22:53 | 映画 | Trackback | Comments(0)