ブックラバー宣言


コラムニスト・吉本俊二の書評ブログです。
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カテゴリ:料理・食文化( 2 )


追憶を食べる〜『ひと皿の記憶』

●四方田犬彦著『ひと皿の記憶──食神、世界をめぐる』/筑摩書房/2013年5月発行

b0072887_21103936.jpg 食は記憶なり。ただしこの言葉は人がたやすく口にできるほどに安易なものではない。故郷を喪失したり、幸福だった時間を見失ってしまった者にしてはじめて理解できるような、悲しみと懐かしさの入り混じった感情が、そこには秘められているように思われる……。
 ……食べるという行為は、何を食べたかということ以上に、誰といつ、どのような状況で食べたかに大きく影響をされるひどく繊細な体験であって、その体験が記憶として結実するためには、一定の時間、それも二度と逆戻りのできない時間が必要ではないだろうか──。

 本書はそのような認識のもとに「一皿の記憶」をめぐって世界各地の食材や料理について書き綴られたものである。ゆえに四方田犬彦の食に関する個人史ともいえる内容には違いないが、同時に世界を漫遊してきた著者ならではの世界文化論にもなっている点に特質があるというべきだろう。

 タイのソムタムに出雲の素麺南瓜を重ね合わせ「イサーンと出雲という遠く隔たった場所が、この二つの料理を媒介として響きあっていると思うのは、わたしにはうれしかった」と述懐するかと思えば、一八世紀の江戸で考案された握り寿司──庶民的な食文化の伝統から立ち上がり、次々と新しい実験を重ね、料理のジャンルとしてきわめて洗練された領域へと発展していった料理──に対抗しうるものとしてコペンハーゲンのスモーブロー(オープンサンドウィッチ)を対置する。こうした四方田的というほかない随想が次から次へと繰り出されるのである。

 ピョンヤンでの国際映画祭に招かれた時に案内人(=監視役?)を出し抜いて市内を見物し、一般人のための食堂に入って質素な食事を摂ったところさっそく案内人には「密告」されていたという話などなかなかおもしろいし、三島由紀夫の実弟でモロッコ大使を勤めていた平岡千之や、美術史学者の若桑みどりの名がさりげなく出てくるあたりも興味深い。

 四方田が一九八七年に出した『食卓の上の小さな渾沌』では「料理は色彩であり、芳香であり、欲望であって、料理について考えることは思考を謙恭な経験の領域に引き戻すことだ」と記されている。四方田の食にまつわる記憶は当時から幾重にも積み重ねられたに違いあるまいが、食に対する姿勢そのものは基本的に変わっていないことを本書の読者は感じとることだろう。
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by syunpo | 2013-07-02 21:25 | 料理・食文化 | Trackback | Comments(0)

すべての料理は骨付き肉に通ず!?〜『美味しい料理の哲学』

●廣瀬純著『美味しい料理の哲学』/河出書房新社/2005年10月発行

b0072887_2044643.jpg 「美味しい料理」はいかにして発生するのか。「美味しい料理」はいかにして創造されるのか。本書の考察はそのような問いから始まる。「美味しい料理」をそれとして哲学的に思考し新たな言葉を産み出すために。まことにおもしろい本だ。

 キーワードは《骨付き肉》。廣瀬はいう。あらゆる料理は《骨付き肉》の構造をうちに秘めているのではないか、と。すなわち「料理とは《骨付き肉》を作り出すことではないか」との仮説を検証していくことが本書の核を成す。
 たとえば焼き鳥は鶏肉を串に刺して料理される。鶏肉に串という《骨》を与えることによって《肉》が潜勢的なかたちで有している「焼き鳥」としての美味しさを現勢化させるというのが廣瀬の解釈なのである。

 チマブーエの「キリスト磔刑図」から説き起こす廣瀬の思考はあらゆるジャンルの垣根を軽々と跳び越えていく。画家のフランシス・ベイコン、生物学者サン=ティレール、『モナドロジー』のライプニッツ、『変身』のフランツ・カフカ、ポーランドの作家ヴィトルド・ゴンブローヴィッチ……。こうした人びとの言説やテクストを自在に引用しながら論をすすめていく廣瀬の姿勢は「美味しい料理」について考察するにふさわしい愉悦感に充ちたものといえるだろう。

 熱力学を参照しつつカツ丼を語るあたりのアナロジーにはいささか無理があるような気がしないでもなかったが、持ち前の巧みな筆力でなんとか読まされてしまう。本書は「料理に深い関心をもっているすべての人に向けられていると同時に、思考を始めるきっかけを探しているすべての人にも向けられている」と廣瀬はエピローグで述べている。その狙いどおり、とくに料理に興味をもたない読者にも充分にアピールする本になっていると思う。
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by syunpo | 2012-01-09 21:50 | 料理・食文化 | Trackback | Comments(0)