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観光テクノロジーを磨こう〜『ニッポン景観論』

●アレックス・カー著『ニッポン景観論』/集英社/2014年9月発行

b0072887_20502574.jpg 小津安二郎を観るにもワビだのサビだのを持ちだして、自分が知っている古典的図式の枠組でのみ日本文化を語り、そこからはみ出すものには無関心を決め込むいう類の親日外国人の文章が私は嫌いだ。本書も古美術品収集が趣味という著者によるニッポン景観論というから、おのがイメージしている古き佳きニッポンの自然環境や文化を護持せよと主張する一本調子の本だったらいやだなぁと読み始めたのだが、予想は良い意味で裏切られた。

 私はむしろ、国家予算をもっと土木に使おう、建築に使おうと言いたいくらいです。ただし、使うなら過去のミステークの撤去に使いましょうよ。アレックス・カーの言い分はそんな風にまとめられる。その主張はオリエンタリズムに染まった日本理解とも排他的なエコロジー思想とも一線を画するものだろう。

 むろん「ミステーク」の指摘に関しては、辛辣な批判の色を帯びている。どこに行っても景観の邪魔をする電線・電柱の醜悪さ。無粋な広告や案内表示の氾濫。ゾーニングを考えない都市計画。そのような具体的な現象を見つけては逐一酷評していく。批判の矛先は行政のみならずそこに群がる専門家やそれを許容してきた市民にも向けられる。

 たとえば、北九州市の門司港レトロ地区。周囲の環境にマッチしたアルド・ロッシ設計の門司港ホテルを賞賛しつつ、周辺からは完全に浮き上がっている門司港レトロハイマートを設計した黒川紀章の仕事を批判する。「日本の景観をダメにした責任の一端は、『先生』と言われている建築家にもあると思います」。
 
 また「大勢の観光客がお金を落としていくように、できるだけ大きな駐車場を作ろう」という安易な発想にも疑義を呈する。大型駐車場を整備した白川郷の例が一つの教訓だ。大型観光バスで訪れる客の平均滞在時間は四〇分。大きな経済価値や文化交流は望めない。洗練された観光テクノロジーこそが必要と著者はいう。
 大型観光バスで訪れる観光客を地元の経済効果に結び付けたいのであれば「どのくらいの規模の駐車場をどこに作ればよいのか。景観を損なわず、観光客の動線を確保するには、どうすべきか。そのような検討をおろそかにしてはいけません」。

 著者のニッポンの景観への失望はともすれば強烈なアイロニーとして表現される。コンクリートが打たれた山間部の写真に「せせらぎや、コンクリートに染み入る蝉の声(『奥の舗装道』より)」とキャプションをつけるパロディ精神。「奇抜なデザインで歴史や自然を圧倒している」ような建築物に「アレックス景観賞」を進呈する洒落っ気。そうした筆致に嫌悪感をおぼえる読者もいるかもしれないが、それもこれもニッポンへの愛情の裏返しとみるべきではないか。

 さらに本書の説得力を高めているのは批判的言説にとどまらず、みずから公共事業に関与して実績をあげてきたことを示している点である。徳島県祖谷、長崎県小値賀町、奈良県十津川村などで古民家再生をベースにした滞在型観光事業を手がけ稼働率をアップさせたらしい。

 本書を読んでいる最中にも、世界遺産に指定されている京都の某有名神社が平安京造営以前からあるという自生林の一部を伐採してマンションを建てるという計画が新聞で報じられた。「アレックス景観賞」の候補作品がまた一つ増えるのか。ニッポンの景観をめぐる葛藤はなおもつづく。
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by syunpo | 2015-06-10 20:55 | 環境問題 | Trackback | Comments(0)