ルネサンス期を代表する芸術家、レオナルド・ダ・ヴィンチ。『モナリザ』や『最後の晩餐』などの絵画が有名だが、それだけにとどまらない。音楽、建築、物理学、幾何学、解剖学、植物学、動物学、博物学、軍事技術などなど、さまざまな分野に通じた「万能の天才」だった。その素顔にせまる評伝である。 児童文学作家として活動してきただけあって平易な文章でレオナルドの生涯と作品を振り返っていく。 レオナルドは、一五世紀イタリア・フィレンツェ郊外のヴィンチ村に生まれた。代々公証人を務めてきた家系だが、公証人になるための勉強よりも、生き物や自然現象を観察しスケッチすることに熱中していたという。メディチ家やローマ教皇の仕事も請け負っていたヴェロッキオの工房に弟子入りし、その才能を開花させる。 レオナルドが独自に磨きあげた技法は二つあった。空気遠近法とスフマートだ。前者はブルネルスキがすでに開発していたが、大きさだけでなく彩度を変えることで微妙な遠近感を表現できるようになった。後者はイタリア語の「煙」に由来する言葉で、人や物の輪郭を描かず、色をぼかして表現する技法をいう。 また、レオナルドの『風景素描』はヨーロッパ初の風景画ともいわれている。それまでのヨーロッパの絵画では、風景はあくまで背景にすぎなかった。レオナルドは自然の風景だけを絵にしたのだ。 さらにレオナルドは人間の形をしたヒューマノイドのスケッチを残している。動物型ロボットは実際に完成させていた。つまり彼は「人類史上初のロボットを設計、制作に取り組ん」だのだ。 その一方、「仕事をはじめても完成できない男」との悪しき評判も立った。ヴァザーリの伝記には、そんな悪口がフィレンツェに流れていたことが記されているらしい。たしかにレオナルドが独立した工房を持ってから、発注を受けてもきちんと完成させた作品は少なかった。それは「完璧を求めすぎたから」という説が唱えられたのはレオナルドにふさわしい解釈だろう。 著者はレオナルドがあらゆる分野で天才ぶりを発揮したことについて「レオナルドは自分に正直な人だったから」と述べている。現代社会ではマルチな才能があっても、経済的政治的制約が多くあって自由に仕事をできるわけではない。またそれぞれの分野での縄張り意識が過剰になり、一人の人間が垣根を超えて仕事を続けることが難しいということもありうるだろう。レオナルドは生まれた時代にも恵まれたともいえようが、時に悪評をも浴びながらも、自らの思うがまま信ずるがままに活動しようという気持ちが誰よりも旺盛だったのかもしれない。 #
by syunpo
| 2023-12-16 09:37
| 美術
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●小玉重夫著『学力幻想』/筑摩書房/2013年5月発行 私たちは「学力」なるものに対して過剰にとらわれている。「学力幻想」が教育論議を呪縛してきた。そのような「学力幻想」を生み出す二つの罠として本書では子ども中心主義とポピュリズムを挙げている。その二つの罠を深く考察することによって教育問題への新しいアプローチを提示する。それが本書の趣旨である。著者の小玉重夫は教育哲学の研究者。 子ども中心主義の罠とは、学ぶ者の側のみから学力を考えることにより子どもへの関心が肥大化して、教育における権威が喪失し、公的世界が解体していく危惧が生じることをいう。小玉はハンナ・アレントの議論を下敷きにして、そのことを論じている。 その罠に陥らないためには、学びの論理に還元されない「教える」ということに固有の位相をとらえることが必要になるだろう。 ポピュリズムの罠とは、「みんなやればできる」という幻想=ポピュリズムを煽ることで、格差を生み出すメカニズムである「社会的競争ルールや社会構造自体」を覆い隠し、ペアレントクラシーを強化してしまうという罠である。 この罠に陥らないために、小玉は「ペダゴジー(教育方法)」なる概念をもちだす。これは英国の社会学者バジル・バーンスティンの議論を参照したもので、学力格差が拡大していく事態を「見えないペダゴジー」の台頭によるものとして論じたことで知られる。 以上、二つの罠を考察することで浮かび上がってくるのは、教える存在である教師や、教えるという行為が行われる場としての学校が、重要な位置を占めているという点である。 そこで小玉は新しいアプローチとして、「ラディカルな見えるペダゴジー」とそれに関連するパフォーマンスモデルの再評価などを提起する。パフォーマンスモデルは「見えるペダゴジー」に対応するモデルで、学習者の達成(パフォーマンス)に強調点をおき、達成の基準が明確化しているという。 それらを実現するための条件として挙げられているのが「カリキュラムの市民化」だ。それはすぐに「カリキュラム・イノベーション」と言い換えられている。イノベーションを支える三つの視点。それが本書の結語的な提言といってもいいだろう。 一つ目。誰がカリキュラムを決めるのかという問題。カリキュラムを決める主体は、国とアカデミズムだけでなく、地域や学校、市民などにも広げるべきである。 二つ目。どのようにして教えるのかという問題。英数国の主要三教科の学習者は、あらかじめ自立的に存在することを前提としてきたが、自立的な学習者の育成自体を課題にする中で、従来の教科学習のカリキュラムの構造そのものを組み替えていくことが必要ではないか。 三つ目。何を教えるかという問題。従来の教科の中では十分入っていなかった領域、たとえば市民性(シティズンシップ)の学習、職業的なレリバンス、バリアフリーなどを教科課程の中にとり入れることが考えられる。 本書の内容は新書にしてはいささか専門的であり、人によってはとっつきにくいという感想もありうるかもしれない。しかしスナック菓子のようにのみ込みやすい書物がやたら幅を利かせるようになった昨今、このような骨太の本があるのも悪くはない。いやもっと増えてほしいと思う。
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by syunpo
| 2023-12-10 20:11
| 教育
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●エマニュエル・トッド、池上彰著『問題はロシアより、むしろアメリカだ 第三次世界大戦に突入した世界』(大野舞通訳)/朝日新聞出版/2023年6月発行 西側諸国の政府や論客たちは当然ながらロシアの蛮行を非難した。だが、エマニュエル・トッドのスタンスは違う。自由や民主主義に関する欧米諸国のダブルスタンダードを繰り返し指摘する。とくにアメリカに対する批判は辛辣だ。ベトナムやイラクで行ってきた侵略戦争を例に挙げ、ロシアを批判する資格があるのかと問う。欧米の二枚舌に関する批判は本書刊行後のイスラエルへの対応をみるといっそう説得力が付加される。 むろんそのレベルの話ならトッドでなくとも少なからぬ論客が言っていることで特に驚くには当たらない。本書に注目すべき点があるとすれば、家族システムを核に人類学的見地から世界情勢を分析するくだりだ。良くも悪しくもそこにトッドらしさが出ている。ロシアと西側諸国との対立は家族システムに基づく人類学的対立でもあるとトッドはいう。 ……世界には確かにさまざまな家族システムがあり、それがまさに人類学的な観点なんですけれど、そこと思想というものには関係があるということが、私が人生を通してずっと研究してきた点なんです。 たとえば、個人の解放や個人主義につながる核家族構造というのは、民主主義の台頭には欠かせない要素の一つであるということや、父系制や共同体家族構造の地域では、共同体的なシステムが政治システムを生み出す傾向があるといったようなことです。(p113) 一般に、アングロサクソンの国々やフランス、スカンジナビアなどでは、核家族の構造をもち、女性の地位が高く、相続は親の遺言で決定したり(絶対核家族)、子どもたちの間で平等に男女差別なく分け合ったり(平等主義核家族)という特徴がある。 一方、ロシアや中国、アラブ諸国では、一般に父系制で、共同体家族の構造がある。この親族のシステムでは、相続は男性を通じて行われていく。共産主義の誕生も、そうした共同体の家族構造を背景とするというのがトッドの見方である。ちなみにトッドによれば、日本は家族システムでみれば「中間的」な立場ということになる。 この観点に立つと、ヨーロッパ諸国は「孤立」しているともいえる。「世界の大半は父系制の家族システムであり、権威主義的な家族構造」の国が七〇%を超える。そこから「西側諸国VS世界」という対立構図が見えてくるという。 そうした人類学的見地をベースに、昨今の産業生産力なども比較して「アメリカの没落」を憂慮するという話に進んでいく。もっともトッド自身が「アメリカフォビア」であるとも述べているから、その点は差し引いて読む必要がある。 蛇足ながら、トッドの見解は脇におくとして、ロシアも悪いがアメリカも悪いというような「どっちもどっち」論で、結果としてロシアの蛮行を免責してしまうような一部の議論には私自身は乗れない。国家の横暴はどの国であろうとその都度批判していかなければ、世界は正義に近づくことはできないだろう。
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by syunpo
| 2023-11-29 19:59
| 国際関係論
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●宇野重規著『実験の民主主義 トクヴィルの思想からデジタル、ファンダムへ』/中央公論新社/2023年10月発行 政治学者の宇野重規が編集者・ジャーナリストの若林恵という聞き手を得て民主主義について語る。アレクシ・ド・トクヴィルの思索を手がかりにこれからの民主主義のビジョンを構想するというコンセプトである。政治史を踏まえながら、インターネットやゲーム、ファンダムの動向に詳しい若林がその方面からヒントを出して議論にアクセントを加えているのが本書の特長だ。 トクヴィルがアメリカ大陸に民主主義の可能性を見出したことはよく知られている。フランス革命には失望したが、アメリカ独立については熱い視線をそそぎ、これから世界的にやってくるだろう大きな趨勢をそこに見たのだ。 彼がアメリカの「平等化」を促したものとして、プロテスタンティズムのほかに印刷や郵便を挙げていたことは不勉強にて知らなかった。それらが民衆の家庭に知や情報をもたらしたのだと。彼の地での印刷・郵便は、現代社会におけるインターネットとも比肩しうる技術的変化だったという議論へと展開していくのはなるほどおもしろい。トクヴィルの思考に「メディア論的な視点が含まれていること」を指摘しているのは宇野も自画自賛するように、本書の読みどころの一つだろう。 後半、若林の関心に基づいて民主主義を活性化するヒントとして、ゲームやファンダムの世界を論じているのも若い読者にはアピールするかもしれない。 ただそれにしても本書を積極的に推奨する気にはなれない。現実政治への言及に乏しく、理念が先行する対話は宇野自身が意図したことに違いなかろうが、スローガンの羅列というレベルを超えるものではない。嘘や違法行為が罷り通る日本の政治の現状を考えると、いささか浮世離れした議論という印象を拭い難い。 またここで提起されている政治理念にしても率直にいって凡庸である。 前半では、行政権への主権者の関与が力説されているが、その問題は國分功一郎たちがここ数年力説してきたこと。國分がその問題に言及するにあたっては、住民の直接請求による住民投票やファシリテーター付きの住民・行政共同参加ワークショップなど具体的な制度の提案もしていたことを考えると、理念を繰り返すだけの宇野の話は周回遅れという感じがする。 同様にプラグマティズムに可能性を見出す議論にも全く魅力が感じられない。人々が失敗を含む様々な「経験」をして、それが繰り返されることで「習慣」が形成される。かつて鶴見俊輔はプラグマティズムを「マチガイ主義」と呼んだが、宇野はそれを「実験」と言い換える。だが、どうだろう。日々の暮しに困窮している少なからぬ国民には悠長な議論としか感じられないのではないか。 プラグマティズムに関連して打ち出されるリテラシーからコンピテンシーへという提言もいささか説教臭い。推し活やファンダムにみられる良き相互依存のあり方をどのように政治の回路へとつなぐのかという肝心の問題にも一切具体論は出てこない。「実験の民主主義」というけれど、具体的にどのような実験を想定しているのか私にはさっぱりわからなかった。
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by syunpo
| 2023-11-24 08:51
| 政治
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●高島鈴著『布団の中から蜂起せよ アナーカ・フェミニズムのための断章』/人文書院/2022年10月発行 アナーカ・フェミニズム。アナキズムとフェミニズムを合体させる。高島鈴によれば両者は必ずしも相性が良いわけではない。労働問題と女性差別が密接に結びついていることを理解しないアナキスト栗原康に対して、そのフェミニズム軽視ぶりを批判するくだりは手厳しい。 高島が拒否するのは、マッチョイズムだけでなく、国家、家父長制、資本主義、天皇制、植民地主義、新自由主義など多岐にわたる。オードリー・タンが「保守的アナキスト」を自称して、アナキズムの概念もずいぶん膨張してしまったと思ったが、本書が掲げるアナキズムもフェミニズムも要件が多く、そのぶんハードルは高くなる。 むろん私のような凡庸な男性読者にとっては、もろ手をあげて共感できるという本ではない。しかしなるほどと納得させられる箇所もたくさんある。 たとえば「「ブレない」姿勢への一面的な賞賛をマッチョイズムのあらわれとして棄却する」というスタンスには同意する。意見や認識が変わらないことを良しとするならば議論の意味はないし、ひいては民主主義の否定にもつながりかねない。 「運動において「やったか、やってないか」を問い詰めるのは本当にナンセンスだと思う。……布団にうずくまる人をオルグできない革命は、私の革命ではない」というスタンスも素晴らしい。通俗道徳の受容は自己責任論の受容だったという認識も卓見だろう。 千葉雅也はSNSで「左翼的発想を広く伝え、理解してもらうには、左翼的な言葉選びを避ける必要がある」と述べていた。誰のいかなる言説に接してそのように発信したのかはわからないが、本書では「左翼的」な言葉選びをむしろ前面に押し出している。良くも悪しくも、そこにこそ本書の生命線がある。
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by syunpo
| 2023-11-23 07:02
| 思想・哲学
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