ブックラバー宣言


コラムニスト・吉本俊二の書評ブログです。
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成長なき未来を展望する〜『資本主義という謎』

●水野和夫、大澤真幸著『資本主義という謎 「成長なき時代」をどう生きるか』/NHK出版/2013年2月発行

b0072887_10115199.jpg 世界史的な観点から経済を語ることで昨今引っ張りだこの水野和夫が社会学者の大澤真幸と対論した記録。ほぼ同じような趣向で哲学者の萱野稔人と語り合ったものが集英社新書から出ていて、その学際的な世界の捉え方には感心させられたものである。

 しかしここでの水野の発言は今一つ冴えない。前半部で資本主義とキリスト教との関連について、大澤は型通りにウェーバーに依拠してプロテスタンティズムの倫理である「禁欲」の観点から資本主義の動因を見るのに対して、水野はジョン・エルスナーを引いて資本主義の本質を「蒐集」や「強欲」にみようとする。
 大澤のみならず多くの研究家が未だにウェーバーを引用することが多いのは、やはりその説に説得力があるからだ。水野はそれに異議を唱えて「蒐集」という概念をしきりに持ち出すのだが、その概念の凡庸さもあってかウェーバー説を覆すほどの切れ味は感じられなかった。

 成長なき資本主義の行く末や「未来の他者」とどう向き合うかを論じる後半部も、大まかな方向性としては二人の見解にとくに異存はないけれど、何か茫漠とした読後感が拭いきれない。「蒐集」の行動・思考様式からの撤退を繰り返し提言している水野の議論に同調するとしても、それを具体的に政治や社会の場でどう実現していくのか本書を最後まで読んでも判然としないのだ。
 壮大なテーマに対して真正面から大上段に構えたまでは良かったが、議論は抽象論と具体論を行ったり来たりで今一つ噛み合わないし、二人の学識がかえって議論を散漫にしてしまったような印象である。
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by syunpo | 2013-07-27 10:25 | 経済 | Trackback | Comments(0)

動的平衡の美しさ!?〜『ルリボシカミキリの青』

●福岡伸一著『ルリボシカミキリの青』/文藝春秋/2010年4月発行

b0072887_18315461.jpg 当代売れっ子の生物学者・福岡伸一が週刊文春に連載したコラムを一冊にまとめた本。総合週刊誌の読者といえば今やオジサン層がコアだと思うのだが、ここでは若者向けの媒体でリラックスして語りかけるような文体が採られている。もっぱら使われる一人称は「私」や「筆者」ではなく「福岡ハカセ」。
 ここまでくだけてしまうと文人・福岡の魅力がかえって削がれてしまうような気がしないでもないが、そこは福岡ハカセ。自説のキーワードである「動的平衡」や「できそこないの男」について様々なアングルから接近していく筆致にはやはり巧みを感じさせる。

 風邪のウイルスから動的平衡を説き起こしたかとおもえば、文楽人形の様式的な動きにも動的平衡の美を見出す。政治問題化した臓器移植に対して動的平衡の観点から懸念を表明し、ハチミツの大量死や狂牛病に動的平衡への人間の介入の傲慢さをみる。
 生物学的に「少しだけ足りない」存在としての男性を語る姿勢もまたしかり。Y染色体の発見物語を簡潔に紹介したあとに、男の子に顕著にみられる「蒐集癖」に関して「蒐集行動は、不足や欠乏に対する男の潜在的な恐怖の裏返しとして生まれ」たのではないかと面白おかしく推察したりするのだ。
 
 センス・オブ・ワンダーこそがハカセの原点、というのも本書を貫く福岡ハカセの基本認識である。末尾におかれたルリボシカミキリの青について語った一文での締めの言葉がキマっている。

 ある年の夏の終わり、楢の倒木の横を通り過ぎたとき、目の隅に何かがとまった。音を立てないようゆっくりと向きをかえた。朽ちかけた木の襞に、ルリボシカミキリがすっとのっていた。嘘だと思えた。しかしその青は息がとまるほど美しかった。……こんな青さがなぜこの世界に存在しているのだろう。
 福岡ハカセがハカセになったあと、ずっと続けてきたことも基本的には同じ問いかけなのだと思う。こんな鮮やかさがなぜこの世界に必要なのか。いや、おそらく私がすべきなのは、問いに答えることではなく、それを言祝ぐことなのかもしれない。(p234)

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by syunpo | 2011-02-02 18:38 | 生物学 | Trackback | Comments(0)

それはひとつの美徳なのだ〜『蒐集行為としての芸術』

●四方田犬彦著『蒐集行為としての芸術』/現代思潮新社/2010年7月発行

b0072887_2014551.jpg 四方田犬彦が蒐集という行為にひとかたならぬ拘泥を示してきたことは、これまで発表されたいくつもの文章からうかがい知ることはできた。ここに芸術の起源としての蒐集行為をめぐって綴られたエッセイを中心に、四方田が親しんできた美術家やフォトグラファー、音楽家たちの創作に関する文章が一冊にまとめられたのは、まことに興味深い。

 人はいろいろなモノを蒐集する。郵便切手。人形。鉱石。蝶。観光みやげの定番アイテム・スノウドーム……。人はたいてい一時期、あるいは生涯を通して、何らかのモノを蒐集することに熱中した経験をもち、今なお熱中したりしているのではないか。

 そもそも蒐集とはいかなる営みであろうか?

 ……それは秘密のうちに閉じられた、世界の親密な出来事。(p36)

 ……蒐集行為は、……近代の経済システムに対する微小の倒錯である。事物は当初、貨幣と交換されるが、やがて停滞する。反動的な「堰き止め」行為によって、事物の質的価値が退蔵される。それは価値の逆関数、個人のレヴェルで生きられた、意図せざる〈中世〉への回帰である。(p37)

 ……蒐集家に許されるのは、ほんの些細な行為だ。彼はみずから創り出すことがない。みずから書かない。描かない。
 蒐集家は引用する。(p40)


 みずからも郵便切手やスノウドームを蒐集してきたという四方田の〈蒐集行為としての芸術〉論は、時に生硬で時に難解ではあるものの、軽快なフットワークと奔放な想像力とに支えられ立派な文化論・芸術論となりおおせている。

 本書を通して、たびたびその名が出てくるのがヘンリー・ダーガーとジョゼフ・コーネルだ。
 ダーガーは子供の時にささいな誤解が原因で教師から「知恵遅れ」と判断され、十三歳のときに父親と死別すると、養護施設に送られた。その後、紆余曲折を経て、病院の雑役夫や門番といった仕事につきながら、ひたすら小説と絵画の創作に打ち込んだ。ただしそうした事実は彼の死後に明らかになったことである。孤独な老人の部屋に遺されていたのは、一万五一四五ページに及ぶ長編小説と何ページあるか見当もつかない日記、小説のために制作した七百枚もの絵巻物風水彩画などであった。むろん「作品」だけでなく、それらを創作する際に参照したでろう、書物や絵画なども遺されていた。

 コーネルの経歴も特異であるが、こちらは切手蒐集という趣味を持っていたので、本書のコンセプトにより適った存在といえよう。彼もまた内気な性格であったことはダーガーと共通していて、もっぱらコラージュや箱型の美術作品の創作に勤しんだ。

 四方田は、本書の前半部にダーガーとコーネルに直接言及したエッセイをおいている。そうして、漫画家の杉浦茂や楳図かずおを論じる際に比較検討の対象としてダーガーを召喚し、『CRジャンジャン飯店』のパチンコ台を語るにコーネルの作品を脇に並べる、という寸法である。

 それにしても、ここで取り上げられている芸術家たちの何と多彩なことだろう。
 ヒロシマを撮り続ける写真家・石内都に関するエッセイは、「世界はわたしの傷である」とのディラン・トマスの詩句を引きつつ、聖ヴェロニカの顔布をダブらせて印象深いし、〈一九六八年のイラストレーターたち〉と題された文章は、表題どおり政治の季節に活躍していたイラストレーターや画家たち——横尾忠則、中村宏、粟津潔——を論じて、当時の時代思潮をみごとに浮かび上がらせる。
 坂東玉三郎の写真集について一文を認めているかと思うと、ビートルズの曲をジョージ・マーチンが巧みにコラージュしたアルバム『LOVE』についても関心を示す。また、日本の公共空間に偏在している裸体彫刻の「奇怪」さを指摘した〈女性の裸体彫刻は「芸術」か〉など、なかなかに鋭い。
 四方田犬彦の知的好奇心の守備範囲の広さをあらためて認識させる一冊ではないかと思う。
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by syunpo | 2010-08-23 20:20 | 文化全般 | Trackback | Comments(0)