アメリカの属国として生きる国〜『知ってはいけない』

●矢部宏治著『知ってはいけない 隠された日本支配の構造』/講談社/2017年8月発行

b0072887_1952028.jpg 戦後日本が何かにつけ米国に追従してきたことに関してはこれまで多くの議論がなされてきた。本書は簡潔に言えば「これまで精神面から語られることの多かった『対米従属』の問題を、軍事面での法的な構造から、論理的に説明」したものである。「軍事面での法的な構造」とは、具体的に日米安全保障条約、日米地位協定、さらには日米合同委員会における種々の密約を指す。日米合同委員会は日本の官僚と米軍の軍人から成る非公開の集まりである。

 日本の首都圏上空は米軍に支配されている。米軍兵士は日本全土において治外法権を有している。……およそ独立国家とは思えない取り決めが対米関係においては成立している。といってもその多くは明文化されていない。上に記した日米合同委員会で成立した密約が根拠になっているからだ。
 日米合同委員会とは「米軍が「戦後日本」において、占領期の特権をそのまま持ち続けるためのリモコン装置」(吉田敏浩)なのである。

 日本は形式的には一九五二年にサンフランシスコ講和条約によって独立を果たし国際社会に復帰したということになっている。しかし実態は米国の隷従状態に置かれたままであった。

 矢部が着目するのは朝鮮戦争だ。戦後日本のあり方を決定づけたのは朝鮮戦争であると矢部は指摘する。この戦争を契機に日本で警察予備隊が発足し保安隊を経て自衛隊に発展していったことは周知の事実だろう。
 旧安保条約や行政協定(現在の地位協定)という極端な不平等条約は、朝鮮戦争で苦境に立った米軍が日本に戦争協力させるために、自分で条文を書いた取り決めだった。

 それにしても冷静に考えれば、これはかなりの荒業である。そもそもポツダム宣言には 、占領の目的が達成されたら 「占領軍はただちに撤退する 」と明確に書かれている。一方、米軍は日本に基地を置き続ける保証がない限り、日本を独立させることには反対の立場だった。

 国務省顧問に就任したばかりのジョン・フォスター・ダレスは、国連憲章四三条と一〇六条を持ち出してその問題を解決をする。すなわち「国連加盟国は国連軍に基地を提供する義務を持つ」という四三条、国連軍ができるまでの間、安保理の常任理事国が必要な軍事行動を国連に代わって行うことができるという一〇六条を拡大解釈して、日本に米軍基地を置き続けることを可能にしたのである。

 かくして突然の朝鮮戦争によって生まれた「占領下での米軍への戦争協力体制」がダレスの法的トリックによって、その後、六〇年以上も固定し続けてしまうことになる。

 私たち日本人が生きていたのは、実は「戦後レジーム」ではなく、「朝鮮戦争レジーム」だった。そしてそれは「占領体制」の継続よりもさらに悪い、「占領下の戦時体制」または「占領下の戦争協力体制」の継続だったのだ。(p249)

 また、この話の前段で丸山眞男の憲法読解に対して根本的に批判するくだりもなかなか切れ味鋭い。
 丸山は「平和を愛する諸国民の公正と信義」を抽象的に理解しようとした。しかしこれは「大西洋憲章」や「ダンバートン・オークス提案」、「国連憲章」の条文を読めばたちどころに分かるように、第二次世界大戦に勝利した連合国を指していることは明らかだという。

 憲法九条や前文を世界思想史的な文脈から読み解こうとする態度は丸山以後の研究者にもみられるものだが、まずは矢部のように条文を具体的な国際政治の流れに沿ってリテラルに読み込むことが前提として不可欠だろう。

 ところで、タイトルの「知ってはいけない」事実とは、本書に書かれた事実を知らないほうが、あと一〇年ほどは心穏やかに暮らしていけるはず、という含意がこめられている。つまりかなりの高齢者に向けたメッセージだ。逆にいうと若者はそうはいかないだろう。一〇年以上生きていかなくてはならないのだから。日本人としてマトモに生きていきたい。そう思うならばやはり本書が抉り出す事実は知っておいたほうがいい。いや知るべきだと私は思う。
# by syunpo | 2019-03-19 19:07 | 国際関係論 | Trackback | Comments(0)

古典から平成の新作まで〜『上方らくごの舞台裏』

●小佐田定雄著『上方らくごの舞台裏』/筑摩書房/2018年12月発行

b0072887_9211037.jpg 上方落語に関する薀蓄や芸談といえば故桂米朝の著作が群を抜いて優れている。講談社文庫に入っている『米朝ばなし』は上方落語愛好家には必読の書といっていいだろう。実演者以外の書き手ということなら、やはり落語作家として活躍している小佐田定雄が真っ先に想起されようか。

 本書は上方落語の演題三十八席を取り上げ、その解説に加えて、十八番にしていた落語家やゆかりの芸人の思い出話を盛り込んでいく、という趣向である。上方落語界に幅広い人脈を築いている著者ならではの本といえるだろう。

 六代目笑福亭松鶴、五代目桂文枝、三代目桂春團治、桂米朝ら四天王として売った名人が登場する文章ももちろん良いが、マスコミに出る機会は少なかったものの高座では優れた話芸を披露していた落語家たちの挿話を読むことができるのも悦ばしい。

〈網船〉という演目は不勉強ながら本書で初めて知った。六代目笑福亭松喬の持ちネタであったらしい。元気な頃、東京で何度か実演に触れる機会があり、端正な高座姿は今も脳裏に焼きついている。著者自身が古い速記本から台本に仕立て直した演目ということで、松喬の回顧談もしんみり読ませる内容になっている。

 上方落語には珍しい人情噺〈鬼あざみ〉は四代目桂文團治が伝え、弟子の四代目桂文紅が十八番にしていたという。
 長屋に住む安兵衛と後妻のおまさ、亡くなった先妻との間に出来た一人息子の清吉。清吉は盗みの真似事をしている。安兵衛は堅い商家に奉公に出す。ところが清吉は店を逐電、次に現われた時には「鬼薊の親分」と呼ばれるほどの盗人になっていた……。江戸の〈双蝶々〉に似た噺である。文紅は大喜利では知性派として活躍したらしい。

〈死ぬなら今〉は三代目桂文我が手がけていたネタ。東京の八代目林家正蔵から教えてもらった噺で、その際「この噺はあたしが二代目三木助師匠から教わったもので、今は大阪で演る人がいない。これは、あなたにお返しします」と言われたのだという。東西による切磋琢磨と交流によって栄えてきた芸能分野らしい粋な挿話である。

〈豆屋〉では、数少ない録音を残している先代の桂米紫の思い出話をひとくさり。米朝一門の一番弟子となった経緯なども興味深いし、上方落語協会の事務局長としての務めも果たしていた米紫の人間味を伝えて味わい深い一文。

 番外として収録されている新作〈山名屋清里〉の裏話も自慢話めいてはいるが面白い。江戸・吉原を舞台とした廓噺で、そもそもはタモリがとある番組で、田舎侍と花魁の美しい友情物語を記した資料を発見したのが事の発端。それを笑福亭鶴瓶に「落語にしてよ」と直談判し、鶴瓶と小佐田=くまざわあかねとの共同作業が始まる。時間はかかったものの、一席の新作落語として完成し鶴瓶によって実演された。それを見た中村勘九郎が歌舞伎化をもちかけ、晴れて歌舞伎座でも上演、カーテンコールまでおこる人気を博する──。

 後半には囃子方の舞台裏を草した一章も加えられていて、ふだんあまり話題にされることが少ないテーマだけに貴重なものといえるだろう。

 ただし途中ダレる箇所もなくはない。〈みかんや〉の項目で展開されているアホをめぐる東西の比較論などは相変わらずステレオタイプのような気がするし、「昔の庶民は、暮らしは豊かではなくとも心はとても豊かだった」など作家とも思えない紋切型表現が出てきたりするのも感心しない。

 それはそれとして、本書は同じちくま新書から出ている『枝雀らくごの舞台裏』『米朝らくごの舞台裏』につづく《らくごの舞台裏》シリーズの第三弾である。既刊書と演目がかぶらないよう配慮したためか、ここに取り上げられているものは実演に接する機会の少ない珍品や新作ネタも少なからず含まれている。諸手を挙げて賛辞を贈りたくなる本ではないけれど、渋い構成の滋味豊かな本であることは間違いない。
# by syunpo | 2019-03-16 09:25 | 古典芸能 | Trackback | Comments(0)

多様な学問を多様なスタイルで〜『学ぶということ』

●桐光学園、ちくまプリマー新書編集部編『学ぶということ 続・中学生からの大学講義1』/筑摩書房/2018年8月発行

b0072887_940203.jpg ちくまプリマー新書と桐光学園の共同によるシリーズ企画〈中学生からの大学講義〉の一冊である。登場するのは、内田樹、岩井克人、斎藤環、湯浅誠、美馬達哉、鹿島茂、池上彰。
 それぞれの講義内容は大半がこれまでの著作で展開してきた自説をわかりやすく話したもので、その意味では個々の講師陣をよく知る読者には新味はないかもしれない。

 内田は「生きる力」について語る。「生きる力」とは何か。それはいま自分が持っている能力のことではない。「いま持っている自分の能力を高める方向がわかる力」のこと。それは人との出会いでしか高まらないという。生きる力が強い人は、出会うべき人に出会うべきときに出会う。その意味では、それは「他者の支援を自分のまわりに惹きつける力」とも言いかえることができるだろう。いささか人生訓話めいた結論だが、若い人にはえてしてこういう話の方が印象に残るかもしれないとも思う。

 岩井は、経済学の観点からおカネの謎について迫る。おカネは何故流通しているのか。物理的根拠はない。おカネに価値を与えているのは「皆がおカネだと思って使うから皆がおカネとして使う」からである。おカネの信用はそのような自己循環論に支えられている。それは言葉の流通にも共通することだと岩井は指摘して話を膨らませる。
 おカネも言葉も人々に自由を与えるが、その一方でさまざまな危機も招く。そのバランスをどうとるかが重要な問題となるだろう。それが経済学や人文科学の目標でもあるのだ。学ぶ意欲を喚起するような巧みな構成だと感心した。

 精神科医の斎藤は、コミュニケーションと承認の問題について論じている。階層を前提としたキャラ文化は、いじめやいじりなどの歪んだコミュニケーションをもたらす。また現代では他者からの承認が高い価値をもつが、本来は人間の価値は承認のみで決まるわけではない。
 結論的に説かれるのは、自分が置かれている「状況」を自覚すること。承認を得ることより人を承認することから始めること。そして無条件で自分を大事にすること……。個人主義は民主主義の礎である。個人の自由や権利が価値をもつということは、同時に他者もまた尊重されるべき存在であることを示すものなのだ。

 社会活動家の湯浅は「働けないと思われていた人も、働ける世の中」を目指すソーシャル・インクルージョンという概念を紹介する。最初に誰が言ったのかは知らないが「人間は読んだことの一〇%は覚えている。聞いたことの二〇%は覚えている。見たことの三〇%は覚えている。自分で言ったことの八〇%は覚えている。自分で言ってしたことの九〇%は覚えている」という言葉が印象深い。
 最初は誰しも自転車に乗れないけれど、やってみて初めてできるようになる。そんな風に自分の力が引き出されるのが「学ぶことの本当の意味」だとまとめる。

 医師であり医療社会学者でもある美馬は「リスクで物事を考える」ことを提起する。死亡率の低下に関して医療の進歩よりも人が病気にならないように健康を作りあげてゆく政治社会的営み(上下水道の整備などのインフラ整備)の要素の方が大きいことを指摘しているのはなるほどと思った。
 また人間は、利益になることについては安全性指向、損になることについてはリスク指向を働かせる傾向が強いという話もなかなか興味深い。脳科学的にいえば、直感的に働くシステムと自分で計算して答えを出すシステムが作動しているということになる。二つのシステムをいかにうまくバランスよく働かせるか。「コンピュータと違って、矛盾してもフリーズしたり壊れたりしないのが人間の脳のよいところ」なのだ。

 鹿島は「考える方法」について考える。エマニュエル・トッドの家族人類学を下敷きに、社会が核家族型か直系家族型かで異なる思考スタイルをもたらすことを解説する。前者では子どもが独立した時点でそれぞれの人格を認めあって、互いに干渉しなくなる傾向が強い。後者では子どもが成長しても親はそのうちの一人と同居することが多い。意識のレベルでは、核家族とマネー資本主義で世界中が支配されているのだが、無意識レベルでは集団的な考えが残っている。そこに軋轢が生じているというのがトッドの認識らしい。
 ちなみに日本は直系型家族類型で、その名残りとして「自分の頭で考える」ことをしない傾向が強い。鹿島はデカルトを引用して懐疑的な思考スタイルを説くのだが、そのくだりはいささか複雑な理路をたどるのものの、考えることをめぐる考察はそれなりにスリリングである。

 最後に登場する池上の話は自己の体験談をもとにジャーナリズムの世界を紹介する。失礼ながら散漫且つ凡庸な内容で、他の講義録に比べるといささか読み劣りがする。ジャーナリストの武勇伝というものは概して面白くないものだ。若者の受け止め方はまた違うかもしれないが、私には退屈だった。
# by syunpo | 2019-03-15 09:41 | クロスオーバー | Trackback | Comments(0)

単純明快な「真実」には留意すべし〜『陰謀の日本中世史』

●呉座勇一著『陰謀の日本中世史』/KADOKAWA/2018年3月発行

b0072887_1964343.jpg「陰謀」とは辞書によれば「ひそかに計画する、よくない企て」とある。古代から現代まで人間社会では日常的に行なわれてきた行為であろう。ただし歴史で問題になっている「陰謀論」をそのような当たり前の語義で理解してはいけないらしい。

 本書は「陰謀論」について「特定の個人ないし組織があらかじめ仕組んだ筋書き通りに歴史が進行したという考え方」と定義している。ある出来事について特定の個人や組織によるシナリオどおりに事が進んだとみなして歴史を語ること。なるほどそれは一つの見方ではあるだろうが、そのような事例が歴史的な大事件においてどれほどあったのかは甚だ疑問。一概には否定できないとはいえ、具体的に提起されている歴史にまつわる陰謀論には無理のあるものが大半だろう。

 呉座勇一は、そのような陰謀論を黙殺するのでも一笑に付すのでもなく、きちんと歴史学的方法の俎上に載せて、研究者らしくあくまで地道に資料検討を行なったうえで粉砕していく。具体的には、応仁の乱における日野富子悪女説や本能寺の変における種々の陰謀論を再検討している。

 応仁の乱は一般的には足利将軍家の家督争いが発端という印象が強い、その元凶になったのは日野富子であり、彼女が我が子可愛さのあまり将軍にしようとして画策し、その結果戦乱に発展したという図式は単純明快でわかりやすい。しかし、その後の展開をみると人間関係は入り組んでおり、畠山氏の一大名家の御家騒動なども絡んで、複雑な展開をみせた。日野富子の企みだけで応仁の乱を説明することは到底できない。

 

 また本能寺の変については、様々な黒幕説があるらしい。その前提には「明智光秀ごときが単独で織田信長のような英雄を討てるだろうか」という人間心理がある。一九九〇年代に登場したのが朝廷黒幕説であるが、公武結合王権論が主流になった現在では説得力を失っている。それ以外にもイエズス会黒幕説(立花京子)や徳川家康黒幕説(明智憲三郎)などが提起されているようだが、本書では逐一その矛盾点に批判を加えている。

 陰謀論は単純明快でわかりやすいうえに、「教科書の記述を盲信する一般人と違って、私は歴史の真実を知っている」という自尊心を与えてくれる。その点が人気を博す一つの理由だと著者はいう。しかし「過去を復元することの困難さを知る歴史学者は安易に『真実』という言葉は使わない」ものだ。

 もともと怪しげな珍説奇説を否定する作業が中心だから、目から鱗が落ちるような知的な驚きを感じる場面に乏しいのは当然だろう。著者の真摯な史学研究者としての書きぶりを味わう。そのような趣旨の本ではないかと思われる。
# by syunpo | 2019-03-11 19:08 | 歴史 | Trackback | Comments(0)

言葉を失う感覚から生まれた言葉の世界〜『模範郷』

●リービ英雄著『模範郷』/集英社/2016年3月発行

b0072887_18433970.jpg〈ぼく〉の故郷は、台中の「模範郷」と人が呼んでいた街区であった。大日本帝国が統治していた時代に日本人たちが造成した街である。作中の〈ぼく〉は作者リービ英雄と同一視してもよい存在だろう。「模範郷」はこれまでも彼の作品でたびたび言及されてきた場所である。

〈ぼく〉は五十二年ぶりにその地を訪れる。再訪するのに五十年以上の時間を要したことは偶然ではない。行くことを躊躇わせる、あるいは行くことに意味を見いだせないリービ英雄固有の時間があったのだ。

 そのような時間の経過を踏まえたうえで、東アジアの複雑な現代史と作家自身の個人史が重ね合わされる。普通語と國語と日本語と英語が舞っていた言語空間。父と母が離婚することになる不幸な家庭環境。様々な意味で引き裂かれているようでもあり、同時に混沌とした文化の結節点のようでもあった。その交わりのなかに、かろうじて存在する記憶の糸を頼りに、歴史と意識が渾然一体となって、独特の小説空間が紡ぎ出される。

 半世紀の空白を経て訪れた模範郷の街並みは当然ながらすっかりそのすがたを変えていた。予想していたこととはいえ、かつて住んだ家の跡地を確認した時、〈ぼく〉は言葉を失う。「何語にもならない、ここだった、というその感覚だけが胸に上がった」。同行した教え子で作家の温又柔の言葉が印象的である。──言語化する必要はないのよ。

 だが、リービ英雄はことのあらましを「言語化」することで、模範郷のヒストリカルな世界を私たち読者の前に提示することを可能にしたのだった。言葉にする必要はない。その箴言は、言葉にしなくてはいられない欲望と矛盾しない。それにしてもリービ英雄の言語体験は、私のように一つの母語だけで安穏と暮らしてきた者からすれば別世界の様相を呈していて、安易な共感を寄せることは許されないようにも感じられる。

「日本語を愛しきるために/一度の人生で足りないのは 詩人だけではないはず」と歌ったのは覚和歌子である。日本語を敢えて選んだリービ英雄が日本語を愛しているのかどうか私はよく知らない。が、彼が創り出す日本語が私たちの思考力を刺激し、感性を激しく揺さぶることもまた確かなのである。
# by syunpo | 2019-03-07 18:47 | 文学(小説・批評) | Trackback | Comments(0)