●ムハマド・ユヌス著『貧困のない世界を創る』(猪熊弘子訳)/早川書房/2008年10月発行
著者のムハマド・ユヌスは、バングラディシュでグラミン銀行を創設、マイクロクレジット(無担保少額融資)の手法を用いて地方の貧しい人々の自立を支援し、同国の貧困軽減に貢献したことで知られている。その功績は国際的にも認められ、二〇〇六年度のノーベル平和賞を受賞した。本書は受賞後初めての著作で、グラミン銀行やダノンとの合弁事業(栄養補給ヨーグルトの製造販売)などの活動経緯をはじめ、貧困撲滅に立ち向かうための哲学と実践が熱く論じられている。 世界の貧困を克服するために著者が提唱している新しいビジネスのあり方は、利益を最大化することを目的に活動している従来の企業活動に対して、「ソーシャル・ビジネス」として概念化されている。それは株主の利益でなく社会的利益の最大化を目標とするものである。投資家は投資した金額を回収することはできるが、配当を得ることはなく、社会に貢献できたという精神的報酬を受け取る。 昨今、喧伝されている「企業の社会的責任」(CSR)による活動は、著者に言わせれば「利益を最大化する企業の慈善的な見せかけのもの」にすぎず、したがってソーシャル・ビジネスとは厳しく峻別されなければならない。またNPOなどの非営利組織の活動は経済的に公的セクターや篤志家からの支援に依存している点でやはりソーシャル・ビジネスとは区別される。 したがって、ムハマド・ユヌスが提唱するソーシャル・ビジネスは、本書のサブタイトルにもうたわれているとおり「新しい資本主義」のスタイルを目指すものであるといえよう。実際、彼のやり方に倣って世界各国で同様のプロジェクトが立ち上げられている。 「……私たちの周囲には常に貧しい人々がおり、貧困は人間の運命の一部であるという事実を、私たちは受け入れてしまっているのです。これこそが、まさに私たちの周囲に常に貧しい人々が存在し続ける理由なのです。……私たちが何かを達成していないのは、そこに心を置いていないからです。私たちは、自らが欲しいと願うものを創造するのです」(p376)というノーベル賞受賞記念講演での言葉は、著者自身の継続的な実践が伴っているが故に大いなる説得力を感じさせる。
by syunpo
| 2009-01-25 20:29
| 経済
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