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ブックラバー宣言

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語呂つき文章家の言葉の世界〜『辞書を読む愉楽』

●柳瀬尚紀著『辞書を読む愉楽』/角川書店/2003年3月発行

b0072887_8442121.jpg 語呂合わせや地口を「オヤジギャグ」と呼び、日常会話においてはことさら禁忌するようになったのはいつ頃からだろう。古今東西の詩や小説、演劇、日本の落語など言葉を使った学芸の大海のなかでは、次元は異なるとはいえその種の言葉遊びであふれかえり、今なお新たな息吹を感じさせる表現や翻訳が生み出されることもあるというのに。

 本書は、英文学者で翻訳家でもあり「語呂つき文章書き」を自称する柳瀬尚紀が文字どおり辞書を読んで言葉と戯れる愉楽を語ったエッセイ集である。同じ趣旨の著作として新潮文庫に入った『辞書はジョイスフル』があり、本書はその姉妹編とでもいえばよいか。
 ここに取り上げられている辞書は、日本語辞典、英語辞典の類は無論のこと、岩波イスラーム辞典、アイヌ語辞典、グロウヴ音楽辞典、将棋戦法大事典、種牡馬辞典……などなど多岐にわたる。

 この種のエッセイにはつきものの記述——辞書の記載内容に対する異論や項目の漏れなどの指摘——はやり始めるとキリがなくて、そればかりが続くと途中で飽きたりするのだけれど、柳瀬は標題どおり辞書を楽しむ姿勢を堅持し批判的な語りにしても遊び心を忘れることはないので最後まで退屈することはなかった。
 ウェブスター3版の“fugu”の解説、「フグ科の魚で、クラーレに似た熱分解しない毒素を有し、日本では自殺目的で食されることがある」という意味のトンチンカンな記述など、著者ならずとも日本人なら誰でも一言叱責したくなるであろう。
 
 柳瀬の言葉に対する鋭敏なセンスや辞書の細かな読みには、いつもながら舌を巻かずにはいられないのだが、言葉以外の浮世の知識についてはいささか貧困な様子がうかがえる。
 カーリングや中島みゆきの歌や寅さんの口上を知らずにいて、辞書や編集者への電話で初めて知ったことを素朴に綴っているくだりなど、読者としてどう反応すべきなのか戸惑ってしまう。もっとも翻訳不能といわれたジョイスの《フィネガンズ・ウェイク》を七年半も費やして訳すような教養人の知識のありさまが脳のなかで極端なマダラ模様を描いているのは当然なのかもしれない。

 いずれにせよ、仮にこういう人物と付き合うとなると、電子メール一本送るにも、ネタにされないように辞書を脇において慎重に言葉を選ばなきゃ、と変なプレッシャーがかかってしまいそうだ。
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by syunpo | 2009-04-10 08:47 | 日本語学・辞書学 | Comments(0)
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