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冒険精神をもって〜『ヤシガラ椀の外へ』

●ベネディクト・アンダーソン著『ヤシガラ椀の外へ』(加藤剛訳)/NTT出版/2009年7月発行

b0072887_1022435.jpg ナショナリズムを語る際には今や必須のテクストともいえる『想像の共同体』。その著者ベネディクト・アンダーソンが日本の読者向けに書き下ろした本書は、アンダーソンの愛読者でなくともそれなりに関心を維持しながら読み通せる本ではないかと思う。

 前半は個人の生い立ちや学生時代の足跡などが語られる。学究生活に入って以降の記述は、欧米や日本の大学・教育に関して、さらには学問のあり方にまで射程を広げた論考を含んでいて、立派な大学論・教育論になりおおせている。後半では『想像の共同体』執筆の背景が詳らかに叙述されており、新しい古典ともなっている好著の理解を深めるうえでの手がかりを与えてくれる内容だ。

 アンダーソンが関わってきた「地域研究」の位置付け、具体的には「ディシプリン(学問領域)」との関係について縷々述べているくだりは近代の学問史という見地からいってもたいへん面白い。
 当初、地域研究プログラムは大学で開講されるにしても「副専攻」扱いで、「主専攻」の学問分野として認知されてはいなかった。博士号取得を目指す者は、歴史学や人類学の分野においてそれを行ない、副専攻として地域研究プログラムを学ぶ、という形をとった。

 先進世界における地域研究、とりわけ東南アジアのそれは、当然ながら世界の政情と切っても切り離せない関係にある。
 著者によれば、西洋にとって「東南アジア」とは歴史的に極めて目新しい言葉であるという。最初期の地域研究はもっぱら植民地官僚によって為されてきたが、それはひとつの植民地、つまり自分の赴任地だけについて一国単位で研究すれば良かった。「東南アジア」という概念は欧米列強にとって必要不可欠なものではなかったのである。
 第二次大戦中に米国は軍事的必要から「東南アジア総司令部」を創設する。その地域全体を影響下におこうとしたからである。もっとも戦争が終わると総司令部は廃止され、戦後の東南アジア研究は官僚から大学に移ることとなった。

 米国での東南アジア研究は、米国がインドシナへの介入を開始したあたりから需要が一挙に高まる。ベトナムやインドネシアの研究者の大半はベトナム戦争に強く反対したものの、その戦争が結果として彼らに就職戦線での売り手市場をもたらすことになった。

 アンダーソンは「比較の枠組み」で物事を考えることを重視する。
 一般にナショナリズムはヨーロッパに生まれ、これが真似された形で他所へ広がった、とする前提——ヨーロッパ中心主義——があった。そうした認識はヨーロッパ以外の地域を知らない、あるいは無関心でいることと無関係ではない。ナショナリズムやグローバリズムの視野狭窄から免れるためにも「戦略」的な比較が必要なのである。アンダーソンをして比較への思いを深化せしめたのは、アジア各地で行なったフィールドワークであったことはいうまでもない。

 なお本書の標題は、インドネシアやシャム(タイ)における諺「ヤシガラ椀の下のカエル」から借用したものである。ニュアンスは微妙に異なるものの日本語の「井戸の中の蛙」に近い。
 ヤシガラ椀の外へ。欧米のインテリにとっては必ずしもメジャーな分野とは言い難い東南アジア研究に精力を注ぎこみ比較的視点を手放すことのなかったアンダーソンらしい警句ではないだろうか。
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by syunpo | 2010-01-06 10:30 | 思想・哲学 | Comments(0)
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