●夏目漱石著『こころ』/新潮社/2004年3月発行(文庫改版版)
Kは友人に裏切られた形で自殺する。恋敵だった友人を死なせてしまったことで罪悪感に呵まれる「先生」は、十数年の後、Kの後を追うように自殺する。『こころ』もまた漱石の主要テーマである三角関係の問題に触れられている。 それにしても、ここに描かれてあるのはいかにも「男の世界」という感じがする。 主人公「先生」の陰に籠った恋の駆け引きの丹念な描写に比べると、肝心の女性──「御嬢さん=奥さん」の存在感の希薄さはどうだろう。Kが自殺する真因も「先生」が死ぬ理由も彼女には認識されず、ただ「先生」を慕う語り手の「私」のみが「先生」の暗い過去を知るのである。 「私」が、これといって世間的の活動をしていない「先生」に何故魅かれることになったのか、「私」と「先生」の関係が今一つよくわからないのだが、島田雅彦はそこに「同性愛」的なものを読み取っている。巷にあふれる漱石論・『こころ』論のなかでも最もスリリングな読みの一つではないかと思う。 「先生」の意識の中では三角関係から奥さんを排除し、男同士の関係を組織しているのだ。異性愛の物語を書きながら、そこには同性愛の感情が隠されているのである。…… ……男だけの世界で悲劇を完結させるために「私」は選ばれたのである。…… (島田雅彦『漱石を書く』p154〜155) 「先生」はすぐれて個人的な理由で死んでしまう。明治知識人の懊悩だとか高等遊民の苦悩だとかいうのはバカげている。まして「先生」が「明治の精神」を体現していたなどというのはつまらない冗談でしかないだろう。 私には『こころ』がさほどの傑作には思えない。が、島田のような読みを可能ならしめてしまうところに漱石の面白味や奥深さがあるのだと思う。
by syunpo
| 2010-04-27 09:59
| 文学(夏目漱石)
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Comments(2)
たしかに「虞美人草」などを読んでいても、夏目漱石は女性を描くのが得手ではないという気がしますね。
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Commented
by
syunpo at 2010-04-29 09:41
asaさん、
>夏目漱石は女性を描くのが得手ではない ……漱石自身が女性を巧く描こうと努力した、という気配がそもそも感じられませんね。 彼の女性観(女性嫌悪)の形成は、明治という時代の束縛を受けているという以上に、ずいぶん個人的な要素も感じられます。幼い頃に一時期、養子に出され、実の母親から充分な愛情を受けることができなかった、という生い立ちも影響しているのかもしれません。
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