●森達也著『世界を信じるためのメソッド』/理論社/2006年12月発行
森達也はオウム真理教についてのテレビ番組製作で信者たちの「善良で、優しくて、気弱そうな」姿を描こうとして上層部から反感を買い、「クビ」になったテレビディレクターである。本書は、メディア・リテラシーの重要性を力説する書物としてとくに目新しいことが書かれているわけではないが、自身の体験談を含めて誠実に書かれた入門書ではあると思う。 ただ、メディアに関しては新たな局面を迎えようとしている時代のリテラシー論としては全般的に物足りなさを禁じえない。著者がテレビ出身ということもあって、本書で言及されている媒体がオールド・メディア一辺倒なのだ。当然、ここで説かれているのは情報の受け手としての心構えばかりなのである。 本書が刊行されたのは二〇〇六年。ブログなど一般市民によるネット上での情報発信もすでに一般化していたわけで、若年層向けのシリーズ本である点も考慮するなら、情報の送り手になる可能性も充分想定されてよかったはずだ。一般市民が世の中の情報を一方的に受けとるだけの時代はすでに終わりつつあり、実際、双方向的なメディアの台頭が旧メディアの情報発信にも影響を及ぼしているのだ。 さらにもう一つ、「メディアを正しく使う」とか「正しい世界観」といった言い回しが繰り返し安易に使われているのも気になった。著者の認識にしたがえば、事実とは「複雑な多面体」であるのだから、私たちには世界の多面性に対する認識を日々補足していったり豊かにしていくような柔軟で開かれた態度こそがもっとも求められることだろう。その意味では「より多面的な世界観」や「メディアをより適切に使う」姿勢があるだけだ。最初から世界に対する「正しい」理解や構えがあるかのような記述は、著者の世界観に背反することになるのではないか。何より、たいていの「プロパガンダ」はこれこそ唯一の正当性という装いをまとって人びとの前に現われるのだから。 メディアを「批判的に読み解く」ことをアピールしている著者の言葉に接する者は、当然、本書に対してもまた「批判的に読み解く」姿勢を保持していなければならない。
by syunpo
| 2010-05-08 19:30
| メディア論
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Comments(2)
森達也は、私も注目しているジャーナリストです。確かに森や斎藤貴男は誠実であり正攻法のジャーナリズムではありますが「古さ」も持ち合わせている人たちだと思います。
ご指摘の観点は、この点で参考になります。
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syunpo at 2010-05-09 20:46
asaさん、
誠実であるためには知性の運動が必要だ、という意味のことをかつて柄谷行人が言っていましたね。彼がその言葉を述べた時(十年以上前)よりも今のような混迷の時代の方が一層その言葉があてはまるかもしれません。 その意味では、多少は「古さ」を持っていても、愚直に正攻法ですすむジャーナリストの存在価値を軽視できないのは確かだと思います。
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