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映画史研究と批評の統合を目指した時評集〜『俺は死ぬまで映画を観るぞ』

●四方田犬彦著『俺は死ぬまで映画を観るぞ』/現代思潮新社/2010年7月発行

b0072887_18464343.jpg 『蒐集行為としての芸術』と同時刊行された本書は、四方田犬彦十七年ぶりの映画時評集である。一九八五年初出のビクトル・エリセとの対談に始まり、二〇一〇年三月に発表された韓国映画『息もできない』の批評まで、時期でいうとかなり長いスパンにわたるレビューが収録されている。

 時評集といっても〈日本映画は韓国人をどう描いてきたか〉〈蘇るパゾリーニ〉〈映画監督しての勅使河原宏〉〈東アジア三大女優を比較する〉〈ATGの歴史的意義〉〈中国・モンゴル電影紀行〉とそれぞれ題された文章のように、個々のテーマについて研究者としての直接的見聞や素養の蓄積があって初めて執筆が可能になるようなアカデミックな論考もかなり含まれている。
 とくに、林青霞、張美姫、山口百恵を比較検討した〈東アジア三大女優を比較する〉などは、映画史の記述について一国の歴史を俯瞰して良しとしてきた従来の映画研究の欠落に批判的な四方田ならではの優れた試論ではないだろうか。

 単一のフィルムを論じたレビューは全般的に短いもので、本格的な批評というよりも簡潔に作品の核心を抉り出すような作品紹介といった趣である。もちろんそのような短文にこそ批評家としての鑑識眼が凝縮されるともいえよう。文字数を費やすことが作品に対する敬意の表わし方と心得たまでは良いが、よくよく読めば長々と作品の粗筋をたどって賛辞を一言添えただけのような文章を書いて悦に入っているシネフィルの少なくないことを考えれば、やはりプロフェッショナルの仕事だと思う。

 評判を呼んだ『月はどっちに出ている』を何よりもまず「九〇年代日本で撮られた喜劇映画」として認識し、同時に「現在の東京の混沌を描いたフィルム」「永遠に女に母親的な甘えを求め続けている三十歳を越した独身男を描いたフィルム」との視点から読み解く〈在日を喜劇にする〉。
 イーストウッドの『硫黄島二部作』をめぐって日本側の無防備な受容に警告を発する〈イーストウッドのグローバリゼーション〉。
 『戦場でワルツを』に関して、そこで描かれたトラウマが「侵略者個人の内面の域を出ない」として批判する〈勝者の自己慰安のアニメ〉。
 差別と貧困のなかでどのように未知の者たちが信頼を築き上げていけばよいのかを描いた『フローズン・リバー』の美点を簡潔に指摘した〈先住民に国境はない〉。……などなど、いずれも四方田らしい切れ味を感じさせる論評である。

 また、東映で異色シリーズを手がけた監督へのオマージュ〈内藤誠 永遠のカポネ団〉や、立教大学出身の監督たちとの若き日からの交流から説き起こして『接吻』を論評した〈万田邦敏の面目〉など、自身と交流のある監督の作品評は著者の温かい眼差しが感じられて、それぞれ愉しく読んだ。

 四方田は〈後書き〉で今日の日本における映画批評をめぐるお寒い状況について書いている。いわく「日本語の世界にあって映画評論というのは、正直にいって使い捨ての領域である。……配給会社は宣伝効率しか求めないし、読者は過去の知らないフィルムに言及されることを嫌う」。書く側でも「端的にいって映画評論とは、文筆業界に入るときの一時の腰掛け以上のものではありえない」。ゆえに「六十歳近くにまでなってまだ映画を観続けていることは、日本では滑稽なことなのだ」と。
 ……そうなのか。日本もいつのまにかおかしな国になってしまったものだなぁ。ま、いずれにせよ、私もまた滑稽なことを続けていきたいと思うのだった。

 蛇足ながら最後に苦言を呈しておく。
 本書には誤字や脱字・衍字など単純なミスプリントが数えきれないほどあった。この種の粗雑な編集過程を露呈した書物は最近増えているが、これほど目に余る事態はやはり異常である。収録した文章の出典が多岐にわたっていて事務作業が煩雑を極め、ゲラのチェックがつい疎かになってしまった、とでもいうのだろうか。無論そんな編集者の言い訳などプロとして通用しない。このレベルの杜撰なミスが仮に医療現場で発生したとしたら、今頃は患者に被害が及び大問題になっていることだろう。本書の制作に関わった者たちは、読者を舐めきっている、否、本作りの仕事を舐めきっている。関係者全員に猛省を促したい。
by syunpo | 2010-08-26 19:12 | 映画 | Trackback | Comments(0)
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