●中井久夫著『私の日本語雑記』/岩波書店/2010年5月発行
中井久夫は高名な精神医学者であるが、翻訳者としても知られる。本書はもっぱら後者の立場に重心をおいて言語に関する私見を綴った連載コラムに加筆修正をほどこしたものである。 話し言葉における間投詞「あのー」の役割を積極的に捉えた〈間投詞から始める〉の一文はいくつかの書評で好意的に紹介されているように、それなりに面白い。あまり堂々とした演説は傲慢に聞こえて「浮き上がってしまう」ことさえあるが、「少し詰まりながらの語りのほうがよい」という英国人の美学(?)を著者が共有しているのは、たぶんに臨床現場での体験に基づいているのかもしれない。 後段で「精神科医の分際とは、文化移転者であり、翻訳者でなかろうか」(p169)といった著者ならではの警句がさりげなく記されているくだりでは一瞬興味が掻き立てられるのだが、そこからさらに踏み込んだ記述が続いていかないのが残念。また、自身が手がけてきた翻訳に関するテクニカルな解説にも多くの紙幅が費やされていて、全般的には退屈な本であった。
by syunpo
| 2010-08-28 10:16
| 文学(小説・批評)
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