●上田康介著『吉朝庵 桂吉朝夢ばなし』/淡交社/2011年12月発行
二〇〇五年に惜しまれつつ他界した関西の落語家・桂吉朝。本書はその一人息子で現在はカメラマンとして活躍している上田康介が故人と縁を結んだ人びとにインタビューしてまとめた記録である。身内の単なる回想的なエッセイではこれだけ立体的に人物像を描き出すことはできなかっただろう。予想以上に内容の濃い本であった。 最後の高座となった「米朝・吉朝の会」に向けて燃やした渾身の奮闘。仲間内で見せた茶目っ気たっぷりの悪戯。東京でも受け容れられた端正な話芸。……あれやこれやのエピソードが著者自身の追想はもとより関係者の証言によって具体的に描出されていく叙述は吉朝の贔屓筋でなくとも充分に読ませる内容だと思われる。 鈴々舎馬桜や春風亭一朝夫妻が吉朝に関して「上方の江戸前」と評するのもなかなか面白いし、下座囃子方の女性に示した気配りなども吉朝の人柄や器量をうかがわせて興味深い。 また芸風のまったく異なる兄弟子ざこばとは微妙な関係にあったようで、吉朝の振る舞いに対してざこばが何度か苦言を呈したことも具体的に記されている。そのざこばが吉朝の密葬の席に夜遅くやって来て棺の中の顔を見て弟子の一人に香典を渡した後、一度も座ることなく風のように立ち去っていく場面は、泣かせる。 私も吉朝の高座には何度も接して感銘を受けたが、本書を読んで彼の早過ぎる死にあらためて無念の気持ちがこみあげてきた。 なお本書には《くっしゃみ講釈》と《深山隠れ》を収めた特典CDが付いている。
by syunpo
| 2011-12-28 20:03
| 古典芸能
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