●大江健三郎著『晩年様式集』/講談社/2013年10月発行
大江健三郎の分身ともいえる長江古義人は、東日本大震災とそれに伴う原発事故がもたらしたカタストロフィーにみずからの老年とを重ね合わせながら「晩年」をいかに生き書いていくかを模索しようとする。その書きぶりは以前にもまして自身の作品と思念の奥深くへ沈静していくかのような自己批評的なものである。 まず何より本作は《懐かしい年への手紙》の再検討的な趣向があって、さらに加えて《空の怪物アグイー》《万延元年のフットボール》《人生の親戚》《「雨の木」を聴く女たち》《さようなら、私の本よ!》《日常生活の冒険》《M/Tと森のフシギの物語》などなど自作の数多くに言及されている。 また例によって大江を取り囲む家族をモデルとした人物たちが何人も登場するが、同時に過去の自作の登場人物の息子(ギー・ジュニア)のようなキャラクターまでもが現れて古義人と交渉をもつ。メビウスの輪的な複雑な作品構造を成しており、その意味ではよく言われるような私小説的方法とは明らかに趣を異にしている。 ここにあえて書き記すが、末尾に記された詩が本作のエッセンスとなっている。 私は生き直すことができない。しかし 私らは生き直すことができる。 生き直す。生き直すためには、他の様々なことを直すことも必要になるだろう。そう、ここには「直す」ことをめぐって、あるいは「直し」についての様々な試行と思考がからみあって紡がれている。読み直す。書き直す。言葉を直す。話し直す。聞き直す。機嫌を直す。本を棚に直す。仲直りをする。世直しをする。……『晩年様式集』とはとりもなおさず「直す」ことをめぐる苦闘と希望の物語ともいえようか。
by syunpo
| 2014-01-23 21:22
| 文学(小説・批評)
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