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ブックラバー宣言

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人が人を裁くことの畏れを〜『それでもボクは会議で闘う』

●周防正行著『それでもボクは会議で闘う──ドキュメント刑事司法改革』/岩波書店/2015年4月発行

b0072887_20203226.jpg 映画監督の周防正行は冤罪事件をテーマにした《それでもボクはやってない》を作ったのが縁で、二〇一一年六月、法務省所管の法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」の委員に選ばれた。それから三年間、月一回のペースで開かれた会議で論戦を繰り広げた。本書はその様子をまとめたノンフィクションである。

 審議会のメインテーマは取調べの可視化だったが、司法官僚や御用学者の抵抗にあい、民主党の当初のマニフェストからみればかけ離れた答申案がまとめられた。いわば骨抜きの案が出来上がったわけである。何故、席を立たなかったのか。そんな批判も周防のもとには寄せられたらしい。周防は思い悩みながらも委員にとどまり、強固な司法官僚組織の意向に押し切られる形で、共闘した村木厚子委員らとともに不本意ながらも答申案に賛同した。

 本書ではそのほろ苦い経過が具体的に綴られているが、裏返していえば日本の官僚組織の旧弊かつ反動的な体質がみごとに炙りだされることにもなった。数々の冤罪事件を経験しながら一向に反省の態度を見せない警察・検察組織の幹部たち。素人は余計な口出しをするなと言わんばかりの御用学者の傲慢な発言。それらが具体的に「可視化」されただけでも、周防が最後まで審議会に残って闘った意味はあったというものだろう。政治に妥協は付き物である。

 審議会での最後の会合での周防の締めくくりの発言が素晴らしいと思う。

 ……私は映画監督として、今まで様々な世界を取材してきましたが、絶えず自分に言い聞かせてきたのは、「はじめの驚きを忘れるな」、ということです。その世界を知り過ぎると、全てが当たり前になってきて、その世界を初めて見た時に感じた「驚き」や「面白さ」を忘れてしまう。しかし、その「驚き」や「面白さ」こそが、映画を初めて見る観客にとっての最良の入り口になるのだと信じ、映画を作ってきました。是非、法律の専門家の皆さんにも心に留めておいていただきたいのは、専門家であるが故に当たり前に思っていることが、決して多くの市民にとっては当たり前のことではない、ということです。専門家に任せておけば良いのだ、ということではなく、多くの市民にも理解できるように言葉を尽くしていただきたいと思っています。その責任が専門家にはあると思います。(p217)

 かつてエドワード・サイードは『知識人とは何か』の中で、〈アマチュアリズム〉と〈プロフェッショナリズム〉を対比させて、あらかじめ決められた規範を決して超えることのない人たちの振る舞いを悪しきプロフェッショナリズムとして糾弾し、周辺的存在にとどまりながら公権力に対して自由に真実に迫ろうとする態度をアマチュアリズムと規定して、それを称揚した。周防のここでの言動は、サイードのいう〈アマチュアリズム〉に通じるものではないだろうか。
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by syunpo | 2015-05-26 20:26 | ノンフィクション | Comments(0)
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