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ブックラバー宣言

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固有の召命として〜『日本辺境論』

●内田樹著『日本辺境論』/新潮社/2009年11月発行

b0072887_20294520.jpg 日本の言論界にあっては古くて新しいテーマ、日本論。本書では新奇な態度をハナから棄てて、冒頭で釈明しているように、日本論のステレオタイプをそのまま踏襲している。〈中心/周縁〉というおなじみの図式を導入し、日本に特有の思考スタイルや民族誌的奇習は後者に属することに起因するという見立てである。

 類書と違うのはそうした紋切型を反復するにあたって、材料の切り出し方に芸を感じさせるところか。とくに養老孟司を引きながら、日本語の特性と漫画文化の隆盛を結びつけるくだりには納得させられた。

 内田は日本が辺境であることの功罪を指摘しながら、それを一つの宿命として受け入れ「とことん辺境で行こうではないか」と呼びかける。最終章の日本語論を読むと、そうした提言にも一理あるのではないかと思う。
 さらに次のような「学び」一般に対する内田の認識も奥深い。

「学び」という営みは、それを学ぶことの意味や実用性についてまだ知らない状態で、それにもかかわらず、これを学ぶことがいずれ生き延びる上で死活的に重要な役割を果たすことがあるだろうと先駆的に確信することから始まります。(p196)

 昨今の政治家からの人文科学に対する排撃への一つの回答がすでにここに記されているというべきか。六年前の刊行だが、政治家の反知性的な言動が蔓延る時世に、アクチュアリティが一層増している本といえるかもしれない。

 それにしても前口上で「どのような批判にも耳を貸す気がない」などと妙な言明をしているのはいただけない。主張をすれば瑣末的な揚げ足取りを含めて異論反論がくるのはあたりまえ。それにいちいち対応する著者など一人もいないのだから、つまらない予防線を張るのはかえって余計な謗りを招くだけだろう。
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by syunpo | 2015-06-17 20:40 | 思想・哲学 | Comments(0)
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