●上野千鶴子著『思想をかたちにする 上野千鶴子対談集』/青土社/2015年5月発行
上野千鶴子の〈対談力〉はあの吉本隆明をとっちめたことで一層知られるところとなったのだが、本書もまた対談集としてはなかなかの出来栄えと思われる。相手は、小熊英二、北田暁大、萱野稔人、三浦佑之、岩崎稔+成田龍一、鈴木敏夫。 巻頭の小熊英二との対論がなかでも素晴らしい。例によってテクストをじっくり読みこんだうえで臨む小熊の姿勢が緊張感のある対話を生み出している。上野の思想の軌跡をあとづけた後、後半で上野の「限界」を指摘し、上野がそれに応えていくくだりは読み応え充分。 たとえば小熊は『当事者主権』などの著作で肯定的に言及されている「協セクター」に関して「実は一番低賃金の場」であることを指摘する。さらに「公」と「私」の区切り方そのものが近代日本のあり方に規定されているともいう。 上野の応答は必ずしも万全ではなく「協セクターのなかには希望と搾取、自由と抑圧、この両方が含まれているという両義性は、そのとおり」だと認める発言も。そうした点も含め全体をとおして上野が誠実に対応しようとしている姿勢は充分に伝わってきた。 もっとも小熊自身も上野理論の「矛盾」を一方的に批判するわけではない。「思想家をいろいろ読んでいると、人間は一番愛しているものに対しては両義性をはらむもの」と注釈している点は付記しておく。 小熊の用意周到なツッコミぶりを堪能したあとで、北田の上野批判に接すると拍子抜けの感は否めない。主題は上野の著作『おひとりさまの老後』。北田の質問はもっぱら東浩紀の批判的レビューに基づくのだが、ことごとく明快に反論されてしまう。団塊世代の老後について提言した上野の仕事に対する東=北田の物言いは抽象的な印象批評にとどまっているのに対して、上野は事実でもって反論する。これは上野の独演会といってもいい内容。逆にいうと世代論における上野の立ち位置がはっきりと示されている点で貴重な記録というべきかもしれない。ただこのコンセプトならば東本人が対談の場に出てくるべきではなかったか。 萱野との対談では低成長時代の日本のあり方について考察がさなれる。男性一般の承認をどこに求めるかをめぐって、上野が覇権的な男性集団から承認を供給してもらわないと男になれない構造を指摘しているのは鋭いと思った。 また対談のまとめ的なやりとりのなかで「アーティストや作家という職業と、社会学者というダサい職業であることの決定的な違いは、想像力よりも現実の方が豊かだと思うかどうかだと思っています」と上野が言明しているのも力強い。 古代文学研究者の三浦とは古事記についての対話が展開される。ジェンダー学の観点から古事記が読み解かれており、本書では異彩を放つテーマで、上野の守備範囲の広さがうかがわれる内容だ。 岩崎、成田との鼎談は戦後思想を概観する壮大な企て。柳田国男の『先祖の話』に始まって、九〇年代のポストコロニアリズムまで一気に論じられる。ただし男性二人の発言にさほど面白味が感じられず、私にはいささか退屈だった。 最後におかれたスタジオ・ジブリの鈴木との対談はもっともリラックスした雰囲気で話がはずむ。鈴木が上野を指名して実現した顔合わせらしいが、『風立ちぬ』の楽屋話などとても面白く読んだ。
by syunpo
| 2015-08-11 18:35
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