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記憶の森を想う〜『詩の樹の下で』

●長田弘著『詩の樹の下で』/みすず書房/2011年11月発行

記憶の森を想う〜『詩の樹の下で』_b0072887_19235559.jpg 樹や林、森や山のかさなる風景に囲まれて育った幼少期の記憶。それが本書のモチーフだという。福島に生まれ育った詩人として、そうした幸福の再確認の書となるべきものだったが、そうはならなかかった。途中で東日本大震災が発生したからである。

「この国の春の日々にすべもなくひろげてしまった、どう言えばいいか、無涯の感じというか、異様な寂寞だった。あたかも個人の死命さえ悲しむことがかなわないほどの、茫漠とした寂寞」と詩人は書きつける。

 それにしても何という静けさだろう。悲しみや追悼のなかに何と優しい空気が流れているのだろう。長田の記憶に刻まれた風景を一度も見たことがないはずなのに、私には何かなつかしい感じがする。

「過去、現在、未来と、時間を分けるなんて、間違っている。うつくしい時間はどこにあるか。大事なのはそれだけだ」。詩人独特の時間概念を言い切るアフォリズム的なフレーズもけっして押し付けがましい印象はない。
 銀杏の木についてその英語名での由来をたどりながら、少女の髪の木と歌う、柔らかな眼差しも魅力的。

 圧巻は、モディリアーニやコンスタンブル、フリードリヒらの樹木を描いた絵画作品に霊感を得た作品群。短い詩篇のなかに果てしのない想像力の喚起をいざなう絵とことばの美しいアンサンブル。詩の樹の下をことばの風が穏やかに吹き抜けていくようだ。
by syunpo | 2015-10-15 19:26 | 文学(詩・詩論) | Comments(0)
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