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性能の良い集約ルールを求めて〜『多数決を疑う』

●坂井豊貴著『多数決を疑う 社会的選択理論とは何か』/岩波書店/2015年4月発行

性能の良い集約ルールを求めて〜『多数決を疑う』_b0072887_2014521.jpg 多数決を民主主義に必然的な原理と考えている人は多い。「多数決で決めた結果だから民主的」だとか「選挙で勝った自分の考えが民意」と公言する政治家も存在するほどだ。しかしそれらは端的に間違いである。むしろ民主主義を実現しようとするときに、多数決というのはあまりうまいやり方とはいえない。本書では社会的選択理論の視点から人びとの意思をよりよく集約できる選び方について考察する。

 投票で「多数の人々の意思をひとつに集約する仕組み」のことを集約ルールという。多数決は数ある集約ルールのひとつにすぎない。単純多数決は選択肢が三つ以上ある場合に「票の割れ」への脆弱性という欠点を抱えている。また全ての有権者から二番目に支持されている候補がいた場合、万人のための民主主義の観点からは望ましい候補といえるが、多数決の選挙では一票も得られない。つまり多数決はけっして性能の良い集約ルールとはいえないのである。

 それに代わりうるルールとして、本書ではボルダルールやコンドルセ・ヤングの最尤法などを紹介している。
 かなり技術的・専門的な議論が展開されているので詳しい説明は省くが、本書で推奨されるボルダルールとは、たとえば選択肢が三つだとしたら、一位には三点、二位には二点、三位には一点というように加点をして、その総和で全体の順序を決めるやり方である。この方法が優れているのは「いかなるときもペア敗者を選ばない」点だ。ペア敗者とはペアごとの多数決で負ける選択肢をいう。これはスロヴェニア共和国の国会議員選挙の一部などで採用されている。

 本書ではさらにメカニズムデザインについても解説を加えている。「人びとのニーズを正しく把握したうえで公共事業を実施するための仕組み、そのような制度設計を試みる」ものである。

 メカニズムデザインは、近年目覚ましい発展を遂げている経済学の一分野で、ゲーム理論や経済実験などを活用して、分権的な制度設計をめざす。そこでは、行政機関が独自に「この選択のほうが社会全体として便益が高まる」といった判断をしない。メカニズムデザインなど経済学的手法の特徴は金銭単位で費用や便益などの価値を計測することにある。それには批判も少なくないが、そうすることによって、たとえば道路を建設するにも「渋滞の解消」や「工事では環境へも配慮」という抽象的な言葉だけで工事を正当化することはできなくなる。「金銭に基づく裁定は中立性が高いのだ」。

 著者はいう。「多数決ほど、その機能を疑われないまま社会で使われて、しかも結果が重大な影響を及ぼす仕組みは、他になかなかない」と。国民が政治参加するときの有力な回路である選挙をどのようなルールで行なうかは、民主制の根幹に関わる重要な問題のはずである。本書は集約ルールの検討をとおして、民主政治の制度設計への再考を促す説得的な本といえるだろう。
by syunpo | 2016-07-15 20:16 | 政治 | Comments(0)
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