●原田マハ著『ジヴェルニーの食卓』/集英社/2013年3月発行
アンリ・マティス、エドガー・ドガ、ポール・セザンヌ、クロード・モネ。天才画家たちを題材にしたフィクション作品が四篇収録されている。 〈うつくしい墓〉はマティスの家政婦をしていた女性が新聞記者のインタビューに答えるという形式で、天才画家の姿を彫琢していく。ピカソとの交友が物語の核を成していて、二人の好対照のキャラクターの描写(「冬のひだまりと夏の真昼ほどに違うふたりの芸術家」!)が巧み。またマティスの静物画のモチーフとしても知られる白いマグノリアの花が鍵となるアイテムとして何度もあらわれ、自分の部屋の中の小物の配置まで細かく気を配っていたという挿話も興味深い。 〈エトワール〉は、ドガとモデルとなったバレエの踊り子との特異な関係を、米国出身の女性画家メアリー・カサットの視点から描出する。カサット自身が画家として生きていくうえでなめなければならなかった辛酸を含め、印象派黎明期の苦難にも触れられていて、文字どおり印象深い短編である。 〈タンギー爺さん〉はゴッホの描いた肖像画にも名を残すタンギー爺さんとセザンヌの関係をモチーフにした作品。タンギー爺さんの娘がセザンヌに送った書簡というスタイルをとる。セザンヌだけでなく当時の若い画家たちをタンギー爺さんが物心両面で支えていたことを物語る挿話が散りばめられていて、愛すべき爺さんの人間像が浮かびあがる。 表題作〈ジヴェルニーの食卓〉では、モネと義理の娘ブランシュの数奇な運命を軸に、生涯にわたって光と格闘した画家の栄光と苦悩を描き出す。時制が行きつ戻りつする構成は、モネ一家とブランシュ一家の複雑な関係を叙述するにふさわしい。モネの「アトリエ」へ一緒に出かけ創作を助けたブランシュ。モネのパトロンだった元首相のクレマンソー。モネと彼を支えた人々に温かい光があてられたような一篇。 誰もが知る画家たちの史実をベースに、文学的イマジネーションを働かせて人物たちの心の機微にまで分け入っていく筆致はなかなかのもの。美術館勤務の経験もある作家の持ち味が遺憾なく発揮された短編集といえるだろう。なお本書は二〇一五年に同じ版元によって文庫化されている。
by syunpo
| 2016-07-26 20:04
| 文学(小説・批評)
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