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最高法規に実質を込めてゆく〜『憲法の「空語」を充たすために』

●内田樹著『憲法の「空語」を充たすために』/かもがわ出版/2014年8月発行

b0072887_903598.jpg 二〇一四年五月三日の憲法記念日に兵庫県憲法会議主催の集会で行なった講演記録。内田樹お得意のアイロニカルな言い回しが随所に炸裂していて面白い本には違いないが、結論に至る理路の部分に首肯しえない点もあるので、まずはそのあたりから記してみる。

 憲法とは本来、その内容についての合意があって起草されるわけではない。その意味ではあらゆる憲法は「空語」である。憲法というのは憲法制定主体を事後的に作り上げてゆく生成的な営みなのだ。……内田の憲法観を結論的に要約するとそのようになる。

 憲法制定時点ですでにその内容についての広汎な国民的合意があったというケースは、歴史上ほとんどなかったのではないかと僕は思います。大事なことなので確認しておきたいと思いますけれど、憲法のリアリティはその方向性についての国民的合意が「すでにあった」という事実によって基礎づけられるわけではありません。そうではなくて、憲法に示された国家像を身銭を切って実現しようとしている生身の人間がいるという原事実が憲法のリアリティを担保する。(p23〜24)

 ところで自民党改憲草案について内田はいうまでもなく批判的である。草案が「自民党革命」によって「戦後レジーム」が解体された後に提出されたものならわかるが、現状はそうではないと疑義を呈しているのである。

 ……彼らはただ前の選挙で相対的な過半数を得ただけです。総選挙での絶対得票率が一五・四%しかない政党が、革命や独立戦争の遂行主体しか自らに賦与しえない「超憲法的主体」の座を要求するのは、やはりグロテスクという他ない。(p47)

 しかし、この言い分は明らかに前言と矛盾している。「憲法制定時点でその内容について広汎な国民的合意があったというケースは、歴史上ほとんどなかった」のだから、草案起草時点で大筋の合意も革命的事実も存在しないのはむしろ当然ではないだろうか。これからこの草案をたずさえて革命を起こすのだ、これから「空語」を充たしてくのだ、と私が自民党員なら反論するだろう。その意味では内田の批判はいかにも筋が悪いというほかない。自民党改憲草案は、自民党の得票率が一五%だろうが九〇%だろうがその実勢に関わりなく、グロテスクな内容だと私は思う。

 後半の「法治国家から人治国家へ」の変質を分析する章では、その根底に国家運営の株式会社化をみてとり、その点を厳しく糾弾している。こちらは同意できる点も多い。

 株式会社は有限責任を基本とするが、国民国家の政策判断ミスがもたらす損害は無限責任であり、どこにも外部化することが許されない。国民国家と株式会社は同一に論じることはできないのは当然であるが、現状ではその当然の認識が国民のなかで共有されていない。そこから様々な問題が生じ、さらには問題の解決を遅らせている。
 たとえば衆参で議席配分が異なる「ねじれ国会」により「決められない政治」が表面化した時、メディアも世論もそれを否定的にとらえた。スピーディな決断を是とする株式会社の規範に基づく判断であるだろう。

 そのような現状に対して、内田は具体的な対抗策を提示しているわけではないが、今の日本で起きている政治的現象は「グローバル資本主義の熟爛期に固有の『うたかた』のようなものだ」という。「いずれ安倍政権は瓦解し、その政治的企ての犯罪性と愚かしさについて日本国民が恥辱の感覚とともに回想する日が必ず来るだろうと僕は確信しています」。

 憲法の「空語」を充たすこと、その生成的営みこそが憲法的行為だという内田の姿勢は、憲法とは未完のプロジェクトであるとする故奥平康弘の憲法観を踏襲するものだろう。憲法の「空語」を充たすのは私たち国民をおいてほかにない。
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by syunpo | 2016-10-16 09:01 | 憲法・司法 | Comments(0)
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