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人間の営みを結びつける架け橋〜『虹の西洋美術史』

●岡田温司著『虹の西洋美術史』/筑摩書房/2012年12月発行

b0072887_1131443.jpg 虹は西洋の絵画史において繰り返し描かれてきた。神話や宗教の恰好の題材となってきたと同時に、気象学や光学、色彩学、生理学など諸科学によって解明される対象でもあった。「虹はまさに、神話と宗教と科学と芸術という、人間の主要な営みを結びつける架け橋なのである」。

 美術史的にみると絵画に描かれる虹は様々なことがらを象徴したり暗示したりしてきた。その変遷をたどると、なるほど人類が真理と美をめぐって試行錯誤してきた歴史の一端が浮かびあがってくるようにも思われる。

 ノアの方舟をモチーフにした絵に登場する虹は「繰り返される天災に直面した人間の、救済への願いと希望を象徴している」という。
『黙示録』の虹は、神々しくてかつ畏怖の念を抱かせるもの、神秘的でかつ驚異に満ちあふれているものとしてあらわれる。虹が崇高なるものと結びつくようになるのは、主に十八世紀のロマン主義においてであるが、その起源のひとつは黙示録的な虹のイメージにあった。

 ギリシア・ローマ神話のなかに出てくる虹の女神イリスは、天上と地上を橋渡しする存在であり、絵画にもたびたび描かれるところとなった。またルネサンスの時代には虹は芸術の霊感源でもあった。
 肖像画にも虹はあらわれる。エリザベス女王の肖像画に描かれた虹は権力のシンボルであり、ルイ十四世の公妾の肖像画に描かれた虹は美とはかなさの象徴といえる。

 ルーベンスの《虹のある風景》は、色の基本原理を示すものであったと同時に人間の歓びや幸福、自然の恵みの象徴でもあった。
 イギリスの風景画にあらわれる虹はどうであろうか。たとえばターナーにとって虹は、詩人ワーズワースにとってそうだったように、自然の神秘と力と美しさの象徴である。しかし反対に空しさやはかなさの象徴ともなった。

 刻々と変化する陽光の効果を生の色彩によってとらえようとした印象派の作品には意外と虹を描いたものはかぎられているらしい。「印象派の絵においては、画面の全体がいわば虹のような効果を醸し出しているため、あえて虹そのものを描こうという発想にはならなかったのではないか」という。

 二十世紀の前衛的絵画でも虹は重要なモチーフになっている。カンディンスキーやマルクの作品群においてそれは顕著である。

 虹は古来より天上と地上、見えない世界と見える世界、精神的なものと物質的なものとを結びつけてきた。二十世紀の前衛画家カンディンスキーやマルクが革新的な手法によって好んで描きだした虹には、それにもかかわらず、こうした虹の伝統がしっかりと息づいているように、わたしには思われる。(p194)

 ところで、虹の色は美術史上の最初期には三色に描かれた。アリストテレスの『気象論』における虹の記述が後世まで多大な影響を与えたものと考えられる。その後、ニュートーンは『光学』において光の七つのスペクトルを提起した。これを受けて、たとえばアンジェリカ・カウフマンの《絵画》の虹は七色に描かれることとなった。

 美術と科学とは常に影響や刺激を与えあってきた。それは虹の描き方ひとつとってみてもうかがうことができる。そうして画家たちは虹に託して人間世界の様々な様相をとらえようとしてきたのである。
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by syunpo | 2016-12-11 11:07 | 美術 | Comments(0)
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