●辻山良雄著『本屋、はじめました 新刊書店Title開業の記録』/苦楽堂/2017年1月発行
二〇一六年一月、東京・荻窪で『Title』という名の本屋をはじめた辻山良雄の奮戦記ともいうべき本である。いや奮戦記という表現は誤解を与えるかもしれない。その語が発散する汗臭さのようなものは記述からはほとんど感じられないところが本書の美点なのだから。 幼少期の本にまつわる原風景的な記憶から語りおこし、リブロ勤務時代の挿話、退社を決意して開店準備を並行的に進めた時期の裏話、開店後の仕事のあらましや店作りにおける考え方などが順を追って綴られていく。 一般的に個人が古書店を始めるのはよくあることだが、新刊書の書店を開くのは珍しいようだ。商品を仕入れるためには取次を利用するのが一般的で、書店が取次と口座を開く際には、最初に仕入れる商品の金額とは別に「信任金」を預けなければならず、初期費用が莫大にかかるのが個人で開業する場合に足かせになるらしい。辻山はリブロ時代の人脈を活かして、大手取次の日販と契約を交わすことができた。事前に詳細な事業計画書を作っていたことなども奏功したのではないかと辻山は振り返っている。 辻山の本屋に関する考え方はとてもおもしろい。一時、どこの本屋に行っても同じような本が並んでいるということが「金太郎飴書店」といわれ、本屋が面白くなくなったことを指す代名詞のように使われた。しかしそれに対抗するように店主が厳選した品ぞろえをする「セレクト書店」というものにも抵抗があったのだという。 ……自分も客として、さまざまな「セレクト書店」に足を運びましたが、特に最近ではその品ぞろえが似てくる傾向にあり、新しい店なのだけれど既視感が強い店が増えてきたようにも思います。(p95) セレクト書店もまた陳腐化してきたということなのだろうか。そこで辻山が目指す店作りは「現在世の中で売れているベストセラーを混ぜながらも、ある価値観で統一された品ぞろえを核としていくということを基本としました」。 本の売り方についての辻山の姿勢にはもっと深く共感できるものがある。Titleでは販促用のPOPを置いていない。それにははっきりとした理由がある。 ……店頭に並んでいる本を選び、気に入ればそれを購入するのはお客さまなので、本屋にできることは、なるべくお客さまと本との出合いがスムーズにいくように、邪魔をしないということです。(p150) また他業種の店舗にブックセレクションする仕事について語っている箇所で、本というモノの価値にあらためて思いをいたしているくだりもじつに印象深い。「通常本を置いていない店にとって、本というのはそれ一冊で、店の哲学を表してくれるような、店のアイデンティティに深くかかわるような商材」だというのだ。 不特定多数の〈みんな〉のための店では、結局誰のための店でもなくなってしまう。これからの町の本屋は、町にあるからこそその個性が問われるという。そのためには、店を構えている土地の文化とも何らかの交わりがなくてはならないだろう。 本書では巻末に細かな事業計画書や初年度の営業成績表も添付されている。これから書店を始めようと考えている読者を意識したコンテンツであるが、同時に全体としては誰が読んでもおもしろい記述内容になっている。この絶妙の匙加減こそは、まさにTitleの店作りとも重なりあうものではないか。 ところで今はどんな本が売れているのだろうか。「切実な本」というのが辻山の答えである。 マーケティングから売れる本の何が良くないかと言えば、必ず違う似たような本に取って変わられるからです。言ってみれば「替えがきく」という事なので。本は、元は一冊一冊が「替えがきかない」はず。替えがきかない「切実な本」にこそ、人の興味はあると思います。(p183) このような認識は、おそらく文化的な商材全般にあてはまりそうな気もする。本を映画や音楽に置き換えても言えることではないだろうか。いずれにせよ、地域で顔の見える客と常に対面している人だからこそ書きえた、という意味では、本書もまた「替えがきかない」本といえるかもしれない。
by syunpo
| 2017-06-26 18:38
| 文化全般
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