●伊勢崎賢治著『テロリストは日本の「何」を見ているのか 無限テロリズムと日本人』/幻冬舎/2016年10月発行
日本の安全保障問題を考察した本はあまた出ているが、本書は類書にない視点を打ち出している。テロリズム対策に重点をおいている点だ。というのも伊勢崎賢治によれば「圧倒的な低コストのローテクで、急速に存在感を増しているのがグローバルテロリズム」であり、その脅威の方が近隣諸国の軍事的脅威よりもよりリアルだからである。 伊勢崎がとくに強調するのは「核セクリュティ」の問題である。原発は仮に廃炉してもその後の核廃棄物の管理に難題をかかえている。今後日本が国家の安全を考える場合、いかなる電源政策を選択しようとも核の問題を避けて通ることはできない。福島の原発事故で「インフラの破壊という大掛かりなことをしなくても、『電源喪失』だけでコトが済む、という新たなヒントをグローバルテロリズムに与えてしまった」ことは決定的である。 「核セキュリティ」の問題はウヨクとサヨクの対立を超える。喫緊の課題のはずだが、誰も本気で手を打とうとはしない。この問題だけでも一冊分の重要性を有しているのではないか。だが本書ではテロリズムをめぐってさらに根源的な問題へと分け入っていく。 そもそもテロリストはどのようにして生まれるのか。 それはしばしば超大国の代理戦争が生み出したものである。たとえば、アルカイダやタリバンは米国やパキスタン、金満アラブ諸国が育成したものであり、シリアのテロリズムはロシアの影響力を受けている。 あるいは政治力が逆転すれば、これまでテロリストと呼ばれた者が体制側になり、体制側の実力組織がテロと呼ばれることもありうる。伊勢崎が体験した東ティモールの独立で実際に生じたことである。 テロリズムのラベリングじたいが政治力学の変化よって入れ換わる、という指摘はきわめて重要である。私が本書から得たもっとも興味深い事実であるといっておこう。 とはいえそのような認識を手に入れたところで、現実のテロ対策には即効的な御利益はないだろう。伊勢崎の考察はさらにすすむ。認識すべきことは「グローバルテロリズムとは、アメリカ・NATOという世界最大の軍事力が勝利できない敵」という点だ。この敵に関しては、アメリカが日本の安全を保障することはできない。それどころか「アメリカの代わりに狙われる」可能性すらある。 ではグローバルテロリズムに対処するにはどうすればよいのか。本書ではやはり米国のやり方を参照する。 米国陸軍・海兵隊は、イラク戦争開戦三年目の二〇〇六年に、フィールド・マニュアルというべき「対インサージェント軍事ドクトリン(COIN)」を改定した。そこでは「民衆が自らの安全と将来を任せられる優秀な傀儡政権をつくること」が提案されているという。 伊勢崎は日本版COINをつくる必要性があると言明する。具体的には「国際(国連)停戦軍事監視団」への参画である。これを日本のお家芸にすべきだというのが本書の提言である。 むろんそれだけで話は終わらない。米国の代わりに狙われるリスクの軽減として「日米地位協定」の改定をあげている。これはすでに多くの論者が繰り返し指摘してきたように極めて不平等な協定である。そこで伊勢崎が掲げる改定骨子は以下のようなものとなる。 「地位協定の時限立法化、もしくは、米軍の最終的な撤退時の状況のビジョン化」 「在日米軍基地に米軍が持ち込むすべての兵器・軍事物資、そしてそれらの運用に対する日本政府の許可と随時の検閲権、すべての基地、空域の管理権の取得」 「在日米軍基地が日本の施政下以外の国、領域への武力行使に使われることの禁止」(p217) 憲法九条についても改正の必要性を力説している。 戦後、徐々に九条の空洞化がすすみ、安倍政権によって集団的自衛権が容認されたいまの状況にあっては「もう大義名分において9条が禁止するものに一体何が残っているのでしょう」と言い切り、改憲案を提示して本書を締めくくるのである。その内容についてはあえて記さない。 伊勢崎の提言は日本版COINや改憲の内容については賛否両論あるだろう。しかしながら日米地位協定の改定に関してはきわめて明快であり、本書の提言を支持したい。何よりこれは安全保障の問題という以前に独立国としての矜持が問われている問題だろう。 伊勢崎の語りをライターがまとめた構成にはもう少し整理の余地があるように感じられたが、前段で紹介した提言のみならず現場で実務を経験してきた者ならではの具体的な挿話にも学ぶべき点が多々あるように思う。少なからぬ示唆を与えてくれる本であることは確かである。
by syunpo
| 2017-12-19 19:05
| 国際関係論
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