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権威的な装いを剥がしてみれば〜『「日本の伝統」の正体』

●藤井青銅著『「日本の伝統」の正体』/柏書房/2017年12月発行

b0072887_10465452.jpg「伝統」と呼ばれるものがしばしば近代以降の所産で底の浅いものであることについては、すでに洋の東西を問わず多くの論証研究が存在している。古来行なわれてきたと多くの現代人に信じられている風習やしきたりが実は最近になって始められたということは珍しいことではない。そこではたくましい商魂や仕掛け人の作為が明瞭に見てとれる場合も少なくない。

 本書はそのような「日本の伝統」と考えられてきた事柄の起源や歴史的経緯を検証し、その「正体」を論じるものである。著者の藤井青銅は作家・脚本家として活躍している人物。

 正月に神社にお参りする「初詣」。現在の形になってからの歴史は浅く、百二十年ほどしか経っていない。それ以前は、大晦日から寺社に籠もって元日を迎える「年籠り」、年が明けてはじめての縁日に参詣する「初縁日」、自分が住んでいる場所から、その年の恵方にある寺社に参詣する「恵方詣り」などが行なわれていた。どこでも気軽に好きな神社にお参りする「初詣」は、それらの一部の要素を取り入れて一つになり、鉄道の普及によって定着したものだ。

 神前結婚式の「古式」は二〇世紀に入ってから作られたものだし、夫婦同姓は一八九八年(明治三一年)に旧民法が成立して初めて制度化されたものである。それまでは明治九年の太政官指令で「他家に嫁いだ婦女は、婚前の氏」とされていた。明治以前はいうまでもなく一般庶民には「姓」はなかった。夫婦同姓を一部の政治家は「日本の伝統」と力説しているけれども、いくらなんでも無理な主張だろう。

 古くから歴史を積み重ねてきたと思われがちな有名神社には、明治以降に創建されたものがいくつもある。平安神宮(明治二八年)、橿原神宮(明治二三年)、吉野神宮(明治二五年)、湊川神社(明治五年)などである。

 このほかにも京都三大漬物や国技としての相撲、各地に伝わる民謡などなど、様々な生活の場面から話題をとりあげて、その歴史をたどっている。また、木彫りの熊やけん玉など、比較的新しく外国から入ってきたのに、昔から日本にある伝統のように思える例もいくつか存在する。逆に、ロシアのマトリューシカやハワイのアロハシャツなどは、日本(日本人)に起源をもつという説もあるようで、あわせて紹介されているのも興味深い。

 著者はもちろん「伝統」そのものを否定しているわけではない。長く続いているから素晴らしく、短いから価値がないと言っているわけでもない。
「たかだか百~百五十年程度で、『日本の伝統』を誇らしげに(ときに権威的に)名乗る」というケースに違和感があるといっているだけである。すべては事実を知ることから始まるのだ。

 本書の物足りない点をあえて指摘するとすれば、「伝統」をめぐる言説の政治的利用についての言及がやや薄いと思われる点だろうか。一例だけ挙げれば、「鎖国」という用語・概念に拘泥する論者に対しては、明治維新の開明性を言いたいがために江戸時代の閉鎖性を必要以上に誇張しているとたびたび批判されているのだが、本書ではそうした論争については触れられていない。

 もっともそうした堅苦しい論点はあえて外したのかもしれない。各項目はおしなべて簡潔にまとめられ軽妙な文章で統一されている。雑学書的な読物としてはたいへん面白い本といえるだろう。
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by syunpo | 2018-02-04 10:48 | 歴史 | Trackback | Comments(0)
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