ブログトップ

ブックラバー宣言

syunpo.exblog.jp

生涯学習原理主義でいこう!?〜『これからの日本、これからの教育』

●前川喜平、寺脇研著『これからの日本、これからの教育』/筑摩書房/2017年11月発行

b0072887_19288.jpg 元文部科学省官僚の二人がこれまでの教育行政を振り返り、さらにこれからの日本の教育のあり方について思いの丈を語り合った対論集。文科官僚としての矜持や自尊心がにじみ出た発言も多く、二人の仕事や考え方に賛否はあるにしても、全体をとおして興味深く読んだ。「ゆとり教育」を推進した寺脇研の著作はすでに数多く出ているが、前川喜平がみずからの教育論を披瀝したものとしては本書が最初らしい。

 前半で前川は三つの信条を提示しているのだが、とりわけその一つ「教育行政とは人間の、人間による、人間のための行政である」が本書の基調をつくりあげているように思われる。それは「生涯学習」という概念に集約されるといっていいかもしれない。昨今の文科省が進めてきた一連の教育改革や規制緩和において核となる考え方である。むろんこれからの教育を考えるうえでも引き続きキーワードとなるものだ。

 それは大づかみにいえば、国や社会のための教育から一人ひとりの学習者のための生涯学習へ、という変革である。それまでの小学校→中学校→高校→大学という学校主体の教育行政から、労働者向けの職業訓練校などを含む人々の生涯全体に関わる広範な行政へと広がったわけだ。その転換を契機として学校教育にまつわるいくつもの問題点を改善していくこともできたらしい。寺脇はそれを文部省の「開国」と表現している。

 生涯学習がなかったら、業者テストの廃止も、偏差値追放も、家庭科の男女必修も、総合学科の制度化も、なかったと思う。(p60)

 寺脇が故小渕恵三元首相に熱い共感を示しているくだりも興味深い。小渕首相は批判の多かった「ゆとり教育」の理念を理解し、その中身を官僚に委ねて「私はサポートする」と官僚たちを励ましたのだという。それを「感動的」と二人が口をあわせるところは印象的だ。

 その一方で、規制緩和に関しては「政治主導」という大義名分のもとで内閣府や首相官邸のゴリ押しが目立つようになってきた。その象徴的事件が加計学園をめぐる一連の疑惑といえるだろう。寺脇はそれを「側用人政治」と呼び、厳しく批判する。

 内閣府には総合調整権があるが、それは命令権ではない。しかし側用人政治では調整も議論もなく、強圧的な指示だけが上から降りてくる。そのような「政治主導」に官僚が異を唱えるのは当然だろう。

 ちなみに前川に対しては、加計学園問題をめぐり「行政が歪められた」というのならなぜ在職中に行動を起こさなかったのかという批判が少なくない。それに対して当人は冒頭に掲げられた文章のなかで次のように応えている。

 まったくその通りだと思う。だが、私の経験から言うと、現職中にこの動きを止めることは、おそらく一〇〇%、できなかっただろう。官邸からの圧力は、それだけ強かったということだ。(p9)

 この簡潔な発言に完全に納得できるわけではないけれど、参考のためにここに記しておく。

 ともあれ、寺脇と前川が現職時代に体験した苦闘や葛藤は戦後の教育行政史の文脈でみるならば、加計学園疑惑は別にして、教育行政の転換期の混乱によってもたらされたものともいえよう。その意味では本書の対話に接することは、戦後教育の歴史の大きな流れを追体験することなのかもしれない。もちろんその作業をとおして、これからの教育のあるべきすがたも見えてくるという寸法である。

 新聞やテレビによって伝えられる文科省の施策については違和感を覚えることが少なくないけれど、その中で仕事をしてきた人の考えをじっくり読むことができたのは意義深いことと感じた次第である。
[PR]
by syunpo | 2018-02-11 19:05 | 教育 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://syunpo.exblog.jp/tb/28094891
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 英国にみる「政府の失敗」とその... 三・一一の教訓を生かすための〜... >>