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ブックラバー宣言

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熱狂を抑えることにおける熱狂〜『保守の真髄』

●西部邁著『保守の真髄 老酔狂で語る文明の紊乱』/講談社/2017年12月発行

b0072887_19534350.jpg 西部邁といえば日本の近代保守思想の重鎮的存在であった。中島岳志をはじめ西部を参照する後進の保守思想家は多いし、討論番組でバトルを展開した宮台真司もその後は西部と何度か親密な対談を交わしている。二〇一八年一月に惜しまれつつ他界した直後には本書にも触れた追悼的文章をいくつか見かけたこともあり、久しぶりに西部の本を手にとった。

 なるほど首肯しうる発言は少なくない。戦後日本の米国追従路線を厳しく糾弾しているあたりは、白井聡の『永続敗戦論』とも重なり合うものだろうし、新自由主義的なグローバリゼーションに対する異議は、むしろ社民主義やリベラリズムに近しいものと思われる。保守思想と社民主義の親和性の高さはつとに指摘されてきたことであるから、それは別段驚くほどのこともでもないのだろうが。

「『熱狂を抑えることにおける熱狂』こそが保守的心性の真骨頂なのである」とか「保守に必要なのは『矛盾に切り込む文学のセンス』」などはつい引用したくなるフレーズかもしれない。

 ただそれ以上に、同意できない見解もまた頻出する。何より伝統や歴史の持ち出し方がいかにも抽象的だ。スローガンの域を出ないのではないかと思う。もっとも引っかかるのは「近代への懐疑」の必要性を繰り返し力説しながら、近代の産物に他ならない国民国家という枠組みを疑う姿勢が微塵も見えないことだ。

 西部は、国民国家に関して人類史の全体をとおして存在してきたものと捉えているようだが、それは端的に誤りだろう。国家の形態をとらない社会や共同体で生きてきた経験の方が人類は長いのではないか。現代社会における国民国家の役割の重要性を私も否定しないが、国家が「シジフォスの如く難行苦行をエンドレスに引き受ける」べき理由は歴史的にも論理的にも見当たらない。

 その意味では西部の唱える保守思想の真髄にはやはり魅力を感じることはできなかった。徴兵制導入や核武装論など個別具体的な政策論となるとさらに違和感は強くなる。最後に異様な熱気をもって語られる死生観にもまったく共感しない。私には退屈な本というのが率直な感想である。
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by syunpo | 2018-03-28 20:00 | 思想・哲学 | Comments(0)
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