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西洋哲学の文脈で再評価しよう〜『京都学派』

●菅原潤著『京都学派』/講談社/2018年2月発行

b0072887_18595295.jpg 京都学派とは『善の研究』で知られる西田幾多郎、西田哲学を継承した田辺元、さらにそれを展開した京大四天王(西谷啓治、高坂正顕、高山岩男、鈴木成高)たちの学派を指す。戦前は「大東亜共栄圏」のスローガンと結びつき、戦争に協力した哲学だと批判されてきたことは周知の事実だろう。ゆえに戦後は公職から追放され、京大に復帰できたのは西谷一人だけである。

 しかしながら、一九九〇年代以降、西田哲学が「西洋哲学の限界を打破するポテンシャルをもつもの」として海外で評価されるようになった。「京都学派の有していた国際性は、この学派誕生の当初から偏狭なナショナリズムを克服する側面を備えていた」という見方も出てきたらしい。そのような動向を受けて本書は京都学派の功罪両面に光を当てながらその内容を再検討するものである。

 京都学派の戦争協力についてはその責任の一端を認めながらも、過大に非難を寄せる動きについては疑義を呈している。

 ……時局に便乗した発言をした知識人や文化人は京都学派の哲学者だけでなく、一見すると時局に抵抗したかに思われた三木清をはじめとする左派知識人の多くも含まれていたのだから、戦争責任を京都学派だけに押しつけるのは適当ではない。(p117)

 そのうえで京都学派の位置づけに関しては西洋哲学の文脈から見直すことを提言する。「彼らが主張した、時流に乗った日本精神の正当化の論理は、端から破綻していた」と述べたうえで「彼らの言説は、むしろ西洋哲学的な文脈のなかにおける新たな理論として位置づけ直すべきだろう」という。

 たとえば、高山岩男の『文化類型学』や『場所的論理と呼応の原理』は「グローバル化と宗教衝突が同時進行する今の時代を読み解く理論として今後大いに注目されるべきだろう」との評価を与えている。

 また柄谷行人がウォーラーステインやウィットフォーゲルを参照して書いた『帝国の構造』に関して、新京都学派の上山春平がその論点を先取りしていた、と指摘している点も興味深い。西田幾多郎や田辺元をあらためて読んでみようという気にはならなかったが、柄谷の愛読者として上山春平への関心は喚起された次第である。

 ただし全体的な感想としては、とくに斬新な読解が提起されているようにも思えず、失礼ながら積極的に人に薦めたくなるような本ではない。何より菅原の筆致が生真面目にすぎて自由闊達な京都学派の気風に今ひとつフィットしていないような。
 ちなみに著者は宮城県出身で東北大学大学院文学研究科博士課程後期終了の日本哲学史研究者である。
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by syunpo | 2018-04-25 19:02 | 思想・哲学 | Trackback | Comments(0)
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