ブログトップ

ブックラバー宣言

syunpo.exblog.jp

言語を一元的管理することの不可能性〜『国語審議会』

●安田敏朗著『国語審議会 迷走の60年』/講談社/2007年11月発行

b0072887_1961077.jpg 近代の国民国家は「国語」によって国民統合を実現しようとする。そのときから人間にとって自然な存在であるはずのことばが、政策という人為の対象となってきた。日本でその役割を担ってきたのが国語審議会である。一九三四年、官制にもとづいて文部大臣の諮問機関として発足。一九四九年からは文部省設置法で設置が定められ、国語審議会令で規定された組織として二〇〇一年に廃止されるまで存続した。それ以降は、新たに設置された文化審議会の国語分科会に引き継がれている。

 本書は国語審議会・国語分科会で展開されてきた議論を振り返り、日本の国語政策の歴史を検証するものである。

 近代国家が「国語」をつくりあげていくときには、一般に二つの方向が提示される。ひとつは、国家の領域内で遍く(地域的にも階層的にも)通用するものを目指すやり方。この場合、国語はより簡略化の方向に向かう。もうひとつは、言語がその国家の歴史・文化などをあらわすことを重視する方向であり、いたずらな簡略化には否定的である。

 この二つの方向は相互補完的であるが、時と場合によっては対立する。国語政策は一般的にその重点をこの二つの方向のどちらかに重きを置きつつ推移しているともいえる。本書では便宜的に前者の方向を「現在派」、後者の方向を「歴史派」と名づけ、その両者間の議論を軸に国語政策の変遷を見ていく。

 戦前の日本では、対外的な拡張政策を背景に植民地下の住民でも簡単に学べるよう国語の簡略化を訴える現在派勢力が存在した。それは漢字廃止やローマ字化までを視野に入れた表記簡易化をめざすものであった。文部省や言語運動団体などではこうした現在派が中心的な役割を担っていた。しかし歴史をみれば明らかなとおり、その方針を貫徹させることはできなかった。結果的には、漢字かなまじりの形態、歴史的かなづかいで均衡を保持することに落ち着いていったのである。

 戦後も、戦前の現在派と歴史派によるせめぎあいをひきずりつづけた。ただし主張を支える論拠はかなり違ったものになった。
 戦前の現在派が目論んだ標準漢字表制定という事業を継続するところから、戦後の国語審議会は始まる。敗戦直後から十数年は「民主化」を理想とする国家にあわせて「国語もわかりやすく、いま現在を重視した『改革』がめざされてきた」のである。

 文部省国語問題研究会による『国語の新しい書き方』では、戦後経営として国語問題が浮上するという構図を示し、一九四五年の敗戦をこれまでにない大きな社会変動としてとらえ、従来解決できなかった問題を一気に「伝統や感情にとらわれ」ずに解決すべきだ、と主張している。現在派が上からの一元的な改革を志向していたという点では、戦後になっても変わりはなかったといえる。

 そのような現在派に対する疑義を表明した歴史派の代表格として時枝誠記をあげることができる。時枝はあくまでも「下からの施策」を求めたのである。この対立は建設的なかたちで交わることはなかった。

 国語審議会が建議を頻繁におこなったことにより、あまりにも世論を顧慮せずに特定の方向を示しすぎたのではないか、という危惧は表面化し、一九六一年には五人の委員が審議会を脱退するにいたった。当時の土岐善麿会長が主導した国語簡易化方針に反対する委員たちである。

 一九六六年以降は「正しい国語」を示すのではなく、「正しい国語のありかた」を示すことになった。基準から目安を提示するにとどめるという方針の転換である。その具現化として当用漢字にかわる常用漢字の制定があげられる。「分かりやすく通じやすい文章を書き表すための漢字使用」の「目安」となることを目指したものである。

 それに伴い審議会の答申内容は「説教くさく」なったと安田は指摘する。たとえば日本語は今や日本人のものではないとの認識を示しながら、「国語を愛護する精神を養うこと」が相変わらず望まれたりしているのである。そのことに関する安田の評価はかなり辛辣である。

 表記について歴史派と現在派の対立の軸が設定できなくなり、両者の調和がはかられた。そこで生じたのは、表記のありかたに国語の歴史をみるのではなく、国語そのものに歴史と文化をみる、歴史の思想化だった。つまりは、精神主義である。(p179)

 国語の伝統・国語への愛をどれだけ強調してみせたところで、この社会の構造的格差は解消されない。むしろ、国語への愛にまどろませることで、現実を直視することから逃避させたいのかもしれない。(p196)


 また敬語をめぐる議論についても批判的に検証している。とりわけ二〇〇七年に文化審議会が答申した「敬語の指針」は相当珍妙なシロモノであるようだ。指針の末尾には以下のような認識が提示されている。

 敬語や敬意表現が、コミュニケーションに参加する人同士の人間関係、また互いの人格や立場を尊重し反映させる言語表現である以上、多様化した人間関係の下に行われる現代社会のコミュニケーションにおいて、その重要性はこれまで以上に高まっているものと考えなければならない。さらに、社会や生活様式のこうした変化が、この先も持続するものと考えれば、敬語や敬意表現の重要性は将来においても変わらない。(p249〜250)

 格差が拡大する社会を多様化・複雑化としてとらえ、そのなかで「相互尊重」のための円滑なコミュニケーションには敬語が不可欠だという立場である。それに対して安田は次のように疑問を投げかける。

 敬語を使いこなすことが人間関係の平等性をしめすのだ、と主張するのであれば、社会的な不平等はそこでは隠蔽されるしかない。これはまさに統治技法としての敬語である。
 敬語は社会規範だ、と宣言したほうがよっぽどすっきりする。(p250)


 国語審議会・国語分科会の指針がいっそう倫理化していく一方で、他の省庁による日本語の具体的な整備も進められたのは皮肉というべきか。
 国語審議会が「国語は伝統だ」などといって倫理化しているときに、通産省はワープロで使用する日本工業規格(JIS)漢字第一水準、第二水準などを制定していった。同様に、人名用漢字の選定に関しては戸籍行政を担当する法務省が主導権を握るようにもなった。つまり、国語審議会は、日々の生活で直面する言語問題について中心的に議論をする場ではなくなっていったのである。

 そして倫理化した審議会の問題提起はいっそう観念的なものになっていく。「文化審議会のいう『多様性』のある社会とは所詮、混乱をきたさない予定調和的な社会である」と安田はアイロニカルに述べている。

 本書を通読し終えたのちに前半に掲げられた著者の結論的言辞を読み返すと、いっそう説得力をもって迫ってくるように感じられた次第である。

 ことばは伝統である、と唱えてもよい。「母語としての国語」とはその意味である。しかし、ことばは趣味の問題でもある。ことばが多様であることは、けっして「乱れ」ではない。ことばが通じないことは、けっして恐怖ではない。ことばを一元的に管理することはできない。それは国語審議会の漂流の歴史からもあきらかである。とりわけ技術的な側面から一元的な管理がめざされたのであるが、それがほとんど意味をなさなくなってきている現在、簡単な日本語から複雑でめんどくさそうな日本語、そして日本語以外のことばが入り込んだ日本語までをふくめたさまざまな日本語を同時に流通させることだって可能なはずである。ことばは、政策的に管理されてはならない、とはいえるだろう。さまざまな日本語が存在することを、混沌や混乱などとみなさないこと、これが本書の主張である。(p22)
[PR]
by syunpo | 2018-05-08 19:00 | 日本語学・辞書学 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://syunpo.exblog.jp/tb/28301775
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 大作家が自費出版で出した俳句の... 国家権力に宛てた最高法規〜『憲... >>