ブログトップ

ブックラバー宣言

syunpo.exblog.jp

歪んだ「政治主導」の矢面に立つとき〜『面従腹背』

●前川喜平著『面従腹背』/毎日新聞出版/2018年6月発行

b0072887_941299.jpg 表面は服従するように見せかけて、内心では反抗すること。──「面従腹背」の広辞苑における語釈である。前川喜平がマスコミに登場するようになってから、この言葉を盛んに口にするのを見聞して、当初は少し違和感をおぼえたものだ。

 日本の政治の問題点として、かつて「官僚内閣制」による弊害が盛んに強調されたことがあった。政治決定の実質を握っているのは官僚であって、政治家は彼らの手のひらで踊らされているだけだという認識を端的に表現した用語である。「官僚内閣制」に不満を感じる国民の多くは、民主党や自民党の唱える「政治主導」に大いに期待をかけた。その一つの結果として、今日のモリカケ問題や公文書改竄に象徴されるような安倍政権の暴走に歯止めが効かない状況がもたらされた。「政治主導」といえば聞こえは良いが、実態は独裁国家と変わらぬ縁故主義の蔓延である。

 安倍政権の実情が明らかになってくるにつれて、前川のいう「面従腹背」にも一理あると思えるようになってきた。実際、本書に記された前川の「面従腹背」的な行政の具体例には賛同できる点も多い。

 たとえば、道徳の教科化の問題。これはいうまでもなく「国家に立脚する教育改革の色彩を色濃く持つ」政策である。前川はもちろんそれに反対の立場であった。政治がそれを決めた以上それに従うほかないのだが、文科省は「道徳教育を学習者である子どもの主体性を重視する方向に転換する姿勢」を打ち出している。二〇一七年六月に公表した学習指導要領解説道徳編では「道徳科の授業では、特定の価値観を児童に押し付けたり、主体性を持たずに言われるままに行動するよう指導したりすることは、道徳教育が目指す方向の対極にあるもの」と言い切った。安倍政権がやろうとしている道徳教育の枠組みのなかで「考え、議論する道徳」のために様々な工夫をするよう促しているのである。

 また一般に審議会は民主的な政治決定を装うための形式的なものと考えられているが、前川によれば文科省における教育に関する審議会は「政治介入へのバッファー(緩衝材)」になっているという指摘も興味深い。中央教育審議会では、委員の学識や経験に基づく発言をかなり丁寧に拾い上げている。「政治主導で提起された政策課題についても、審議会で検討することによって軌道修正が図られることが多い」という。

 末尾には、毎日新聞の倉重篤郎と文科省の先輩・寺脇研との座談記録も収録されていて、こちらもなかなかおもしろい。とりわけ加計学園獣医学部認可をめぐる政権内部の確執を前川が解説している舞台裏の挿話では閣内が必ずしも一枚岩でなかったことが明らかにされている。
 当初、安倍首相が推進、獣医師会をバックにした麻生が反対、石破が慎重……と均衡していた。衆院福岡六区補選で獣医師会=麻生支持候補が安倍支持候補に惨敗して、流れが一気に安倍首サイドに傾いたらしい。

「面従腹背」は前川の現職時代の座右の銘だが、退官後のそれは「眼横鼻直」だという。鎌倉時代に宋から曹洞宗を伝えた道元禅師の言葉で、「眼は二つ横に並んでいる。鼻は縦についている」ことから、当たり前のこと、ありのままでいいということを意味する。

 官僚と国民から選ばれた政治家との関係はいかにあるべきか。近代民主政の根本に関わる古くて新しい重要課題だが、本書はそれを再考するための生きた教材となるものだろう。
[PR]
by syunpo | 2018-09-01 09:47 | 政治 | Comments(0)
<< 人類の先を歩んだ革命家!?〜『... 「非現実的な理想論」を現実にす... >>