●新井紀子著『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』/東洋経済新報社/2018年2月発行
AIは神に代わって人類にユートピアをもたらすことはないし、その能力が人智を超えて人類を滅ぼすこともない。ただし人間の仕事の多くがAIに代替される社会はすぐそこに迫ってきている。本書は、東大合格を目指す人工知能「東ロボくん」プロジェクトを進めてきた数学者の立場から、来るべき未来社会への警鐘と対策を示すものである。 AI楽観論者が言うように、多くの仕事がAIに代替されてもAIが代替できない新たな仕事が生まれる可能性はある。しかし、たとえ新たな仕事が生まれたとしても、その仕事がAIに仕事を奪われた勤労者の新たな仕事になるとは限らない。現代の労働力の質がAIのそれと似ているからだ。つまり、AIでは対処できない新しい仕事は、多くの人間にとっても苦手な仕事である可能性が非常に高いといえる。 AIの苦手な仕事は何か。AIは基本的に計算機である。逆にいうと数式に翻訳できないことは処理できない。AIが扱えるのは、論理・確率・統計の三つの言葉だけ。ゆえに文章の意味を理解することもできない。AIが代替できない仕事とは「高度な読解力と常識、加えて人間らしい柔軟な判断が要求される分野」といえるだろう。 ところが、人間の方もどうやら「高度な読解力」のレベルが相当あやしいことが明らかになったのである。著者が実施した「基礎的読解力調査」の結果をみるとそう結論せざるをえないらしい。 本書ではその調査の問題や回答の様子が詳しく報告されている。「係り受け」「照応」「同義文判定」という自然言語処理で盛んに研究されている能力のほか、「推論」「イメージ同定」「具体例同定」の能力を調べたものである。詳細は省くが、それらの試験の結果、端的に中学・高校で使う教科書が読めない生徒がことのほか多いことが確認されたのである。 ならば早急に読解力を養う教育の構築が必要だが、効果的な方法は今のところ見いだせていない。たくさん本を読めばおのずと読解力が身につくとも考えがちだけれど、著者の調査では読書量と読解力との間には相関関係は見いだせないという。 現行の教育はもっぱらAIで代替できるような人材を養成してきた。しかしいざAIの不得手な仕事をこなせるような人材を育てるとなると、これもまた難題なのである。 著者が思い描く未来図は、企業が人不足で困っているのに、社会には失業者があふれているという寒々しい光景だ。 そうした事態を回避する方策として著者は「奪われた職以上の職を生み出す」ことを挙げているのだが、それは言うほど簡単ではないだろう。しかもそこで批判の多い「ほぼ日刊イトイ新聞」の怪しげな物語商法を実例に挙げているのは、いただけない。 むろんそのことで本書の価値を貶めるつもりはない。それは著者の専門分野を超えた国民的な課題である。AIの研究者に未来社会の労働環境について具体的な提案を期待する方が酷というものだろう。 というわけで、AI社会の実態と将来性を考えるうえでは極めて有意義な本であることは間違いないと思う。
by syunpo
| 2018-10-02 20:01
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