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人間はなぜ〈男〉と〈女〉に分類するのか〜『はじめてのジェンダー論』

●加藤秀一著『はじめてのジェンダー論』/有斐閣/2017年4月発行

b0072887_1991240.jpg「人間には男と女がいる」という認識は一見自明であり自然なことであるように感じられる。しかし実際には私たち人間がそのような現実を社会的につくりあげている。ではどのようにつくりあげているのか。本書ではその問題がメインテーマとなる。

 ジェンダーとは何か。それは「社会的性差」と訳されることがある。「性差には社会的なものと生物学的なものがあり……」との解説のあとにそのように規定されるようである。しかし、社会学や法学、教育学などではジェンダーを「性差」という意味で用いることはむしろ少ないらしい。

 そこで本書の定義は以下のようなものとなる。

 私たちは、さまざまな実践を通して、人間を女か男か(または、そのどちらでもないか)に〈分類〉している。ジェンダーとは、そうした〈分類〉する実践を支える社会的なルール(規範)のことである。(p7)

 以上の定義から二つの論点を取り出すことができる。一つは「〈分類〉する実践とはどういうことを指すか」。もう一つは「その実践を『私たち』が行なうことの意味」は何かという問題である。

 トランスジェンダーや性分化疾患などの実例を引きながら、性別二元性社会が自明なものではないことを説いていく筆致は明快だ。そのうえで性別の自己決定権という概念の解説に向かうのも自然な流れだろう。

 性自認と性的指向にまつわる問題に関しては、とりわけ興味深く読んだのは、自民党が二〇一六年に発表した文書「性的指向・性自認の多様なあり方を受容する社会を目指すためのわが党の基本的な考え方」に言及した箇所である。

「まず目指すべきは、カムアウトできる社会ではなくカムアウトする必要のない、互いに自然に受け入れられる社会」であるという文言を留保つきで評価しながら、次のくだりに懐疑を挟んでいるのは注目に値する。すなわち「性的指向・性自認の多様性を認め受容することは、性差そのものを否定するいわゆる『ジェンダー・フリー』論とは全く異なる」と述べている点だ。「ジェンダー・フリー」論が「性差そのものを否定する」というのは「悪質な誤解ないし曲解」だという。

 そのような「曲解」に基づいて男女平等のためのさまざまな教育実践をしばしば自民党の政治家たちが弾圧してきた。このようなあからさまな矛盾を克服していくつもりがあるのかどうか、著者は疑義を呈するのも当然だろう。これは、今年になって杉田水脈が「新潮45」誌上に発表した論考に発する一連の騒動をみれば、著者の疑義がけっしてためにするものではなかったことがわかる。本書の指摘は自民党のそうした欺瞞を予告したと読むこともできよう。

 また加藤は、生物学的性差を肯定することに対する警戒心には十分に合理的な理由があるとも指摘する。生物学的性差という観念によって性差別を正当化し、性役割規範を固定化することが繰り返し行われてきた歴史があり、かつそうしたことが今後も繰り返される危険はなくなってはいないからだ。

 実際、自然科学に潜むジェンダーバイアスを指摘している点はとても勉強になった。たとえば「哺乳類」という動物分類学的カテゴリーを確立したのは、リンネだが、彼は母親自身による母乳育児を推奨する社会運動に関わっていたという。「どうやらそこには、客観的事実への謙虚な姿勢よりも、リンネという個人の価値判断が色濃く反映されていたようです」。

 リンネの事例は古いものだが、生物学的な語彙をジェンダーの強化に利用する言説は今もありふれている。「男女はこうあるべき」という価値判断をもっともらしく見せかけるための道具として科学的知識が利用されることがある。これはジェンダー論にとって重要な認識だろう。ポップ心理学などもその典型だという。

 性暴力に関する考察にも多くの紙幅が費やされている。昨今、政治の場で社会に混乱をもたらしたと否定的に論じられることもあるセクシャル・ハラスメントについては、その概念の発見が「性暴力被害という問題が問題として認識される可能性の増大であった」と積極的な評価を与えていることはいうまでもない。

 さらに性教育への政治介入については、介入の根拠がきわめて乏しい例の多いことを指摘している。性教育の現場では「自分で考え、自分の意見を持ち、主体的に行動できるようになること」を目指しているのだが、これはとりもなおさず民主主義の基本理念に重なるものである。子どもに性知識を教えることをやみくもに反対する政治家たちは、そのような教育が気に食わないらしい。すなわち民主主義の基本理念そのものに通じる教育を抑圧しようとしているのだという加藤の指摘は正鵠を射ているように思われる。

 このほか、男女の賃金格差の問題やリプロダクティブ・ヘルス&ライツ(生殖に関わる諸権利と健康)などなど様々な論点に目配りがきいていて、ジェンダー論の入門書としては最適の本ではないかと思う。
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by syunpo | 2018-10-18 19:17 | 社会学 | Comments(0)
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