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ブックラバー宣言

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学際化がすすむ “社会科学の女王”〜『現代経済学』

b0072887_19275770.jpg 二〇世紀半ば以降、急速に多様化がすすんだ経済学はそれゆに複雑さを増してきたともいえる。基礎知識のない者がいきなり現代の経済学の専門書を読んでもチンプンカンプンだろう。

 本書は現代の経済学の多様なあり方を初学者向けにわかりやすく解説。ミクロ・マクロ経済学はいうに及ばず、ゲーム理論、行動経済学や実験経済学、制度論、経済史などなど、経済学の最前線をコンパクトにまとめている。著者の瀧澤弘和は、ゲーム理論・経済政策論などを専門とする研究者である。

 市場が経済にとって決定的に重要だという問題意識は、交換と分業が文明の根底にあるとするアダム・スミスの洞察にあった。以降の経済学は、消費者や生産者の選択という形で人間行動を具体的にモデル化し、同時に市場のモデルを提示することで、分権的市場経済のすばらしさを証明することができた。それは二〇世紀半ばのことである。

 二〇世紀の主流派経済学として世界を席巻した新古典派経済学の市場メカニズムの理論では、経済主体が合理的であると仮定され、方法論的個人主義が採用されてきた。

 けれどもその後、経済主体が合理的であるという仮定には利点もあるけれど限界もあることが明らかになってきた。以下に紹介される研究分野はいずれもそうした限界を見据えたところから出発したものといえよう。

 ゲーム理論は、従来の経済学が市場を経由した主体間の相互作用に焦点を当ててきたのに対して、プレーヤーの行動が直接的に他のプレーヤーに影響を与えあう「ゲーム的状況」の経済分析へと経済学を拡張するものである。これにより「神の見えざる手」の論理が働く市場の世界とは異質の世界を分析の俎上に載せることになった。

 ゲーム理論によって、人間行動における規則性を説明する際に、信念と行為の組み合わせという観点が導入されたのである。その結果として、われわれは異なる複数の均衡が存在しうることを理解できるようになった。

 ゲーム理論はマクロ経済学にも影響を与えた。経済システムの内部にいる人々が将来の予想を形成しつつ行為を選択するという「期待」概念の導入によって、その後のマクロ経済学は大きく理論的な変貌を遂げてきたのだ。

 行動経済学は、それまでの経済学の理論体系のなかで「公理」として前提されてきた現実の人間行動の分析にまで経済学を拡張することに成功した。そこでは、心理学、認知科学、脳科学、進化生物学との間で垣根を越えた交流がみられ、これが経済学全般の学際化にも寄与することになったという。

 行動経済学が「人間の不合理性を明らかにすることによって、逆に人間にとってどうしても手放すことができない『合理性』への問いを際立ったものにしているように思われる」との逆説的な指摘はまことに興味深い。

 実験経済学は、従来の経済学でまったく価値のないものとみなされていた「実験」という発想を導入することで経済学の多様化をうながした。今日の実験は、主にゲーム理論の文脈で、行動経済学と連携して人間行動の社会性を解明するために用いられている。また、実験研究の成果は政策決定の場面でも大きな役割を果たしているという。

 もっぱら市場制度を対象としてきた二〇世紀の経済学は、市場以外の制度の重要性に着目するようになった。とりわけ企業に注目した研究など、種々の「制度の経済学」が台頭してきたことは最近の経済学における注目すべき動向の一つといえそうだ。

 経済史は人類が実際に辿ってきた経路を事実の側面から見るものである。歴史的時間を考慮することができない経済理論に対して、応用の素材を提供したり、新理論へのインスピレーションを与えたりすることで、理論と歴史との新しい対話の可能性を追求するものともいえる。

 社会理論家のヤン・エルスターは、社会科学は普遍的に成立する法則を把握する段階にはなく、社会現象を説明するために、小規模あるいは中規模のメカニズムを解明することに専心すべきであると述べたが、瀧澤もこの考え方に共感を示している。本書のなかで紹介されている経済学研究は、すべてこのようなメカニズムの探求とみなすことができるのだ、と。

……一つのメカニズムで経済現象全体を網羅することは到底不可能であり、われわれは多くのメカニズムを提案することによって現実の経済現象をカバーしようとしている。研究者は自分が関心を持つ現象について、その現象に対応したメカニズムを探求しているのである。(p248〜249)

 本書の記述は初学者にはやや難しい箇所もあるものの、総じて簡潔な解説がほどこされていて、現代経済学の最前線を知るうえでは最適の入門書といえるだろう。
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by syunpo | 2018-11-09 19:30 | 経済 | Comments(0)
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