ブログトップ

ブックラバー宣言

syunpo.exblog.jp

無神論の立場から個の自律を説く〜『初期仏教』

●馬場紀寿著『初期仏教 ブッダの思想をたどる』/岩波書店/2018年8月発行

b0072887_1295926.jpg 仏教がインドに誕生したのは、紀元前五世紀頃のことである。
 その後、四〇〇〜五〇〇年の間に南アジア各地に伝播して、この地域を代表する宗教に成長していった。発祥の地であるガンジス川流域から大きく飛躍した仏教には紀元前後に重大な変容が起こった。それは南アジアと西方との関係が影響している。本書ではこの変容以前の仏教を「初期仏教」と定義する。

 初期仏教は、近代西欧で作られた「宗教」概念に照らせば「宗教」にあてはまるのかはなはだ疑わしいと著者はいう。そもそも初期仏教は全能の神を否定した。その意味では無神論である。人間の願望をかなえる方法を説くのではなく、むしろ自分自身すら自らの思いどおりにならないことに目を向ける。また宇宙の真理や原理を論じることもない。人間の認識を超えて根拠のあることを語ることはできないと初期仏教は主張する。

 初期仏教は有神論や宇宙の真理を説く代わりに「個の自律」を説く。超越的存在から与えられた規範によってではなく、一人生まれ、一人死んでゆく「自己」に立脚して倫理を組み立てる。そして生の不確実性を真正面から見据え、自己を再生産する「渇望」という衝動の克服を説いたのだ。

 仏教誕生以前に成立していたアーリヤ人社会では、ガンジス川流域に都市化が起こり、都市化を背景として唯物論やジャイナ教などの思想が生まれていた。仏教の出家教団は、誕生直後から他の思想や信仰と競合し、様々な議論が交わされていた。仏教は、バラモン教やジャイナ教、唯物論と一部で共有する考え方をもっていたが、同時にそれらに対する批判をもって差別化をはかった。

 ところで、初期仏教からその後の段階へと進むことになった紀元前後の「変容」とは何だったのか。そのひとつとして挙げられるのは「口頭で伝承されていた仏典が書写されるようになったこと」である。

 口頭で、または後に書写して、仏典の伝承を担ったのは「部派」と呼ばれる出家教団の諸派である。そのため、部派の仏典を通さなければ初期仏教の思想を知ることはできない。

 ブッダは、自分が没した後は「法と律」を師とするように命じ、解脱した出家者たちは「法と律」をまとめ、仏典として伝承してきた、と仏教教団は主張している。それらは「結集仏典」と呼ばれる。結集とはブッダの教えを「共に唱えること」をいう。

 そのような「結集仏典」が後に「三蔵」として体系化され今日まで伝承されてきたわけである。結集仏典のなかでは、上座部大寺派、化地部、法藏部、説一切有部、大衆部の五部派のヴァージョンがすべてではないにせよ現存している。本書が依拠しているのは、いうまでもなくそのような結集仏典や諸部派の三蔵である。

 先に記したように、「主体の不在」あるいは「生存の危うさ」という視点で「自己の再生産」を批判的にとらえる仏教は、その究極目標として「自己の再生産」からの解放(解脱)を掲げる。いわゆる「輪廻」からの解放である。「再生しない者」こそが真に「高貴な者」だと教えたのだ。その詳しい内容についてここで安易に要約するのは控えるが、いずれにせよ、その点が先行する宗教との決定的な相違であり、仏教の核心といえる。「高貴な者」という言葉の意味を刷新して、新たな生き方を示したことが仏教の拡大する原動力になったのだ。

 本書では最新の仏教学の研究成果を盛り込みながら、丁寧な足取りで初期仏教をたどっている。前半は学問研究上の考証手続きをめぐる記述に紙幅を割いていてお勉強モードの読み味だが、そのような研究方法の記述ゆえに本書に説得力をもたらしていることもまた疑いえない。
[PR]
by syunpo | 2018-11-16 12:12 | 宗教 | Comments(0)
<< 詩人がパフォーマーに近づくとき... 高校倫理を侮るなかれ!?〜『試... >>