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諧謔精神に満ちたヨモタ初の小説〜『すべての鳥を放つ』

●四方田犬彦著『すべての鳥を放つ』/新潮社/2019年1月発行

b0072887_12430323.jpg 四方田犬彦初めての小説である。第一作とはいえこれまで多くの著作を物してきた四方田のこと、様々な仕掛けとヒューモアを盛り込んで堂に入った書きぶりである。

 主人公が山陰地方から東京の一流大学(作中では東都大学となっている)に入学する──という設定には漱石『三四郎』を想起する読者も多いことだろう。

 もっとも一九七二年から説き起こされているので、主人公・瀬能明生の身にふりかかる出来事はいささか刺激的。いきなり人違いによって暴力を受けるシーンで始まるのだ。一九六八年をピークとする学園闘争にまつわる編著作を多く江湖に問うて、その歴史的意義などを熱く語ってきた著者ならではの導入といえるかもしれない。

 こうして当時のキャンパス内における活動家たちの行動やセクト間の対立などが事細かに活写されていく。おそらく四方田自身の体験や見聞に基づいている部分も多く含まれていることだろう。

 瀬能が大学を卒業して以降の展開は趣が一変する。ポスト・モダニズムの看板とともにフランス現代思想にかぶれたニューアカデミズムの時代が戯画的に描き出されるのだ。
 ちなみに漱石の初期作品のキーワードともいえる「高等遊民」なる言葉が瀬能の友人たちに差し向ける印象という形でこの第二章に登場するのも一興。

 瀬能が活動家学生に間違われて暴力を受けるという体験はもちろん政治の季節が終わっても彼のその後の生活に影響を与えずにはおかない。瀬能は折に触れてその人物に思いを馳せる。いわば〈双子〉の幻影に振り回されるようにして、瀬能は生きていくのである。

 そして未だ見ぬもう一人の分身を意識せずにはいられない主人公の不安な状況を包みこむようにして、種々の二元的概念が交錯しもつれ合う。本物と贋物。実体と残像。覚醒と夢の世界。生と死……。このようなモチーフが作品全体をとおして随所に様々なバリエーションを伴ってあらわれる。それに関連して繰り返しあらわれる〈鳥〉のメタファーが強い印象を刻みこんでいく。

 また瀬能が暴力を受ける場面に登場し、結果的に救ってくれることになった未紀という女性との恋愛感情を含んだ、しかし一筋縄ではいかない関係は本作のあらゆる人間関係の中でも核心を成す重要なものである。もちろん未紀との関係のみならずその存在さえもが〈実存/残像〉という二分法を惑乱する形で描かれていることはいうまでもない。

 固有名詞の扱いに関しても、遊び心が発揮されている。ミシェル・フーコーや中上健次など実在した人物が登場するかと思えば、四方田という名の人物が俗悪なキャラをもって現れたり、中沢新一の任官問題をめぐって生じた東大駒場騒動など現実に起きた出来事がパロディ風に描かれたり。
 近過去における現代思想や文学の生々しい事件の記憶を随所にちりばめて、この間の事情に通じた読者であればいっそう楽しめるという寸法である。

 舞台は、東京からパリへ、東京へ戻った後にマダガスカルのアンタナナリヴォへと登場人物たちは国境を越えて移動する。いかにも四方田らしいワールドワイドな展開をみせることも本作の読みどころの一つだろう。

 政治の季節をくぐりぬけてきた者たちが近過去の歴史を忘却する、あるいは忘却したふりをすることについて四方田は以前から批判を加えてきた。そこには政治のみならず文化面においても刺激的な企てがなされていたのではなかったのか、と。本作はそのような四方田の問題意識を色濃くにじませたものには違いないけれど、主要な登場人物たちは必ずしもその時代を熱く生きた若者ではない。むしろ時代の主流からは距離をおいていた。そのような人物の目をとおすことで、特定の時代への安直なノスタルジーと一線を画そうとしたのかもしれない。

 主人公の瀬能はみずからの体験から政治や閉塞感を意識せずにはいられなかったが、とある人物との交流を経て「自分の背後に張りついていた亡霊」から解放されたと考える。
 四方田はその「亡霊」をめぐる苦悩と流謫の個人史を描き切ることによって、あらためて昭和から平成へと至る現代史への視座を確保しようと試みたのだ。ある特定の時代をなかったことにすることはできないし、忘れたふりをすることは何よりも欺瞞的な態度なのだから。読者を選ぶ小説には違いなかろうが、四方田の愛読者としては新たな挑戦に心からエールをおくりたいと思う。

by syunpo | 2019-05-01 13:52 | 文学(小説・批評) | Trackback | Comments(0)
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