●又吉直樹、武田砂鉄著『無目的な思索の応答 往復書簡』/朝日出版社/2019年3月発行 又吉直樹と武田砂鉄。二人の立場は一見したところ対極にある。片やコントや小説など何もないところから何かを創り出すのが仕事。一方は、それを受けとめて批評することを生業としている。そんな二人が「往復書簡」という形で言葉を交わした。付かず離れずの絶妙の距離を保って交換されるやりとりは、スラスラと読めてしまう内容だが、時に意味深長な箴言めいた言葉が放たれたりするから油断ならない。 基本的には二人が日常生活でおぼえた違和感を取り出してきて、それを転がしながら社会批評的な次元にまで持ち上げていくパターンに本書の持ち味が出ているように思う。たとえば明るくなりすぎた現代社会に対する違和感をベースにした一連の対話はなかなか秀逸である。 「どこまでも明るい状態を維持したがる社会が、どれほど豊かな闇を剥奪しているか」を告発した書物について武田が言及すると、又吉が「不確かなものを凝視する時にも暗闇は役立ちます」と応じる。そこからさらに「心の闇」といった紋切型表現への違和感へと話は展開していく。あるいは自分の性格の暗さについての述懐が始まったりもする。 当然、ささやかな緊張感が走る場面もある。又吉の新著『劇場』に関して、武田は「面白く読みました」と好意的な感想を述べた後に「長期間共に暮らしている男女」を描きながら、性描写を一切入れなかったのは「時折、不自然に感じました」と率直に伝える。それに対して又吉は、主人公の性格を考慮した旨、冷静に応答しているのが印象的だ。 文字どおり無目的なやりとりのなかに、言葉の世界に生きる二人の才気や矜持が感じられる、そんな本である。
by syunpo
| 2019-05-15 21:00
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