●元木泰雄著『源頼朝 武家政治の創始者』/中央公論新社/2019年1月発行 鎌倉幕府を創設し武家政権を築き上げた源頼朝。ただその歴史的評価は今ひとつ芳しいものではない。特に人物像をめぐっては冷酷非情の評価がついてまわる。本書はそのような評価に異議を唱えてこれまでにない頼朝像を描き出す。 また昨今の日本史学では、中世成立期の公家と武家をことさらに区分し、両者の対立を強調する見方が強まっているらしいのだが、著者によればそれは「古めかしい歴史観の再燃」だという。本書ではそのような歴史観に捉われることなく、頼朝と京との関係も見直されている。 波乱万丈の生涯であった。十三歳の時、平治の乱に敗れ父義朝を失い、自らは伊豆に配流されて苦難の時代を過ごす。 二十年後、挙兵して南関東を占領、そこから紆余曲折を経て、鎌倉幕府を開き、武家政権を樹立した。 こうした履歴をみれば、歴史家としてもその足跡を辿ってみようという知的探究心が働くのも当然かもしれない。 良くも悪しくも本書で最も印象深いのは、頼朝が宿敵の平氏や平泉藤原氏を倒した後、身内ともいえる木曽義仲や義経をも滅亡に追いやった一連の経緯を検証するくだりである。歴史には身内どうしの血腥い争いは付き物とはいえ、頼朝の躍進に多大なる貢献のあった者への非情ともいえる行動をどう評価すべきなのか。 義経と頼朝の対立の原因はいくつかあるが、最終的には義経と後白河上皇が手を結んで、頼朝の統制から逸脱を図ったことが決定的であった。そこには幕府の分裂、後継者をめぐる内紛、さらには幕府崩壊の危機さえも胚胎していた。「幕府という新たなな権力を守るためには、後白河と結ぶ義経の抑圧は不可避であった」。その意味では「頼朝は落としどころを考え、あくまでも冷静に対応しようとしたといえる」と元木は肯定的に評価するのである。 また娘の大姫入内を企図して果たせなかった頼朝晩年の朝廷との交渉についても否定的な論評が多い。清新な東国での政治を創始したはずの頼朝が、その貴族的な性格から、澱みきった公家政権に足を取られたとする見方である。 それに対しても元木は反論する。途上で大姫が他界したことで頼朝の画策は成功しなかったが、それを「失政」とみるのは結果論であって、当初の状況からすれば頼朝にとって「後宮を牛耳る院近臣を籠絡し、娘を入内させることなど、いとも容易に思えたはずである」と推察。朝廷に介入したことに一定の理解を示している。 そのような調子で本書では全体を通して頼朝の立場に寄り添った記述が貫かれている。ただそれにしても頼朝に対する酷評にいちいち反論しようとするあまり、贔屓の引き倒し的な読後感も拭いがたい。古今東西いかなる人格者といえども完全無欠な人物などいないのだから、マイナス査定はマイナス査定として淡々と記述した方が歴史書としてはもっとリアリティが出たと思うのだが、どうだろう。
by syunpo
| 2019-06-26 18:55
| 歴史
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