●丸山俊一著『14歳からの資本主義 君たちが大人になるころの未来を変えるために』/大和書房/2019年2月発行 何よりもまず斜に構えず資本主義という大文字中の大文字の論題に正面から挑むのがよい。当然ながら多くの識者の知見を借りてくることになるが、あまた引用されているヨーゼフ・アロイス・シュンペーターやマルクス・ガブリエルらの言葉はなるほど示唆に富んでいる。 「資本主義は、成功する。だが、その成功ゆえに、自ら壊れる」というシュンペーターの警句を開巻早々に掲げているのはインパクト充分。最初に提示したその脅し文句が通奏低音のように響きつづける。すなわち現代の資本主義は「あまり調子の良いものではない」という認識を読者と共有しようというわけである。 そのうえで、世界の総需要が不足しているというジョセフ・スティグリッツの認識を確認し、成長なしでも維持できる資本主義のスタイルを構想しようとしたトーマス・セドラチュクを参照する。 さらに資本主義とITや人工知能との関連など今風の問題に多く紙幅を割いているのが目を惹く。現在のデジタル革命とかつての産業革命の相違を指摘するダニエル・コーエンなどを引きながら、失業の問題を論じるのは型通りだろう。産業革命の果実は人々全体の生活レベルを押し上げたが、現在進行中のデジタル技術の進歩はむしろ格差を拡大させ分断を招いてしまう。その事実にこれからの人類はどう立ち向かうのか。 そうしてあらためて冒頭に掲げたシュンペーターの警句に戻ってくるのである。資本主義はまさにその成功ゆえに「システムを支える社会制度が揺らぎ、崩壊を迫られる状況が、社会主義への移行を強く示唆する状況が、必然的に訪れる」とシュンペーターは述べた。もちろんそれがカール・マルクスの資本主義理解を踏まえたものであることはいうまでもない。ここまでの理路は鮮明に描かれている。 ところが、終盤まとめの段階に入ったところで足取りが怪しくなる。AI主導の社会における課題へと論点が横滑りしていき、唐突に「今日の資本主義が代替案のないシステム」となったことを告げるマルクス・ガブリエルの発言を引いたりするのである。 そして「合理的経済人」という概念を批判したり、マルクス・アウレリウスの「畏敬の念」に言及してみたり、日本的な資本主義を考えると称して「ZEN」を持ち出してみたり……。 序盤から資本主義そのものとがっぷり四つに組んでおきながら、そこで提起された根本的な論題に正面から向き合うことは避けて、曖昧な形で総括に入ったという印象が拭い難い。最終盤での議論が観念論に流れ、論点が拡散してしまったのは残念。 また貧困や労使関係の歪んだあり方など剥き出しの資本主義が避けることの困難な生々しい政治経済的課題への言及も薄く、その点に隔靴掻痒の感をおぼえる読者もいるかもしれない。 本書はタイトルからも察せられるように、新曜社〈よりみちパン!セ〉シリーズや河出書房新社〈14歳の世渡り術〉を意識したような作りになっている。この種の本はよく出来たものなら大人が読んでもおもしろいものだが、本書がそうした部類に入る良書かどうかは保証のかぎりではない。
by syunpo
| 2019-07-06 18:32
| 経済
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